「ヒロシマ」を学ぶことに、さらなる重要性を感じて~広島-ICANアカデミー特別プログラム
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と広島県は、「核兵器と安全保障を学ぶ広島-ICANアカデミー」の特別プログラム(2022年3月13日〜14日)を共催しました。
内容は、オンラインでの被爆証言と、被爆遺構や平和祈念資料館へのバーチャルツアーで、2020年および2021年の同アカデミー参加者を対象としたものです。各年、アカデミーの第二部として予定していた実地研修を開催できなかったため、それに代わるものとして実施しました。
内容は、オンラインでの被爆証言と、被爆遺構や平和祈念資料館へのバーチャルツアーで、2020年および2021年の同アカデミー参加者を対象としたものです。各年、アカデミーの第二部として予定していた実地研修を開催できなかったため、それに代わるものとして実施しました。
- プロジェクト: 核廃絶
INFO
2022.6.14
2023.1.10
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と広島県は、「核兵器と安全保障を学ぶ広島-ICANアカデミー」の特別プログラム(2022年3月13日〜14日)を共催しました。
内容は、オンラインでの被爆証言と、被爆遺構や平和祈念資料館へのバーチャルツアーで、2020年および2021年の同アカデミー参加者を対象としたものです。各年、アカデミーの第二部として予定していた実地研修を開催できなかったため、それに代わるものとして実施しました。
内容は、オンラインでの被爆証言と、被爆遺構や平和祈念資料館へのバーチャルツアーで、2020年および2021年の同アカデミー参加者を対象としたものです。各年、アカデミーの第二部として予定していた実地研修を開催できなかったため、それに代わるものとして実施しました。
参加者は、実際に広島を訪れることは叶わずとも、被爆者の声を直接聞くことや、質疑応答を交えたバーチャルツアーを通して、核兵器が使われると人間や街にどのような影響があるかを学びました。
ピースボートは、ICANの国際運営団体としてアカデミーの企画・運営の中心的な役割を担っています。
ピースボートは、ICANの国際運営団体としてアカデミーの企画・運営の中心的な役割を担っています。
一日目:被爆者から直接聞く、1945年8月6日の広島の様子
一日目は、広島にいる李鍾根(イ・ジョングン)さんと切明千枝子(きりあけ・ちえこ)さんのお話と質疑応答し、広島市内最大の被爆遺構である旧広島陸軍被服支廠*の様子を中継で伝えました。
*旧広島陸軍被服支廠(ひふくししょう)は、宇品港にも近い鉄道沿いに建設された軍需工場。軍服や軍靴の製造・調達・貯蔵等を担っていた。被爆時には高温の爆風に襲われ損傷するが、多くの建物が倒壊せずに残った。被爆直後には臨時救護所となり、多数の負傷者が収容され、多くはここで息を引き取ったとされている。その悲惨な状況は詩人峠三吉の文章などに残されている。
在日コリアンで、広島の被爆者・李鍾根さんは、自身が被爆した荒神橋(こうじんばし)の袂で、あの日のことを証言しました。韓国と日本の二つのアイデンティティをもつがゆえの差別や困難があったことについても語りました。
プログラム参加者は、インターネット上の地図機能を使って、世界の中の日本、日本の中の広島、広島の中の荒神橋の位置を確認しました。李さんが被爆した橋が、今も電車や通行人で賑わう繁華街にあることも知りました。
旧広島陸軍被服支廠からの中継では、原爆の爆風で大きくゆがんだ鉄の扉などを見ながら、この建物の歴史や背景を確認しました。
そして、16歳の時に被爆した切明千枝子さんからお話を聞きました。被服支廠は、切明さんのお母様が当時働いていたところで、原爆投下直後は多くの死傷者が運び込まれた場所でした。
この時、ロシア軍がウクライナのチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を攻撃していました。
「原発への砲撃を考えるととても悲しくなります。あれが爆発したらどうなりますか?それと自分がここで被爆したことを考えると、絶対に核は世界にあってはならないものだと思います。」と、大変心を痛めた李さんは訴えました。
*旧広島陸軍被服支廠(ひふくししょう)は、宇品港にも近い鉄道沿いに建設された軍需工場。軍服や軍靴の製造・調達・貯蔵等を担っていた。被爆時には高温の爆風に襲われ損傷するが、多くの建物が倒壊せずに残った。被爆直後には臨時救護所となり、多数の負傷者が収容され、多くはここで息を引き取ったとされている。その悲惨な状況は詩人峠三吉の文章などに残されている。
在日コリアンで、広島の被爆者・李鍾根さんは、自身が被爆した荒神橋(こうじんばし)の袂で、あの日のことを証言しました。韓国と日本の二つのアイデンティティをもつがゆえの差別や困難があったことについても語りました。
プログラム参加者は、インターネット上の地図機能を使って、世界の中の日本、日本の中の広島、広島の中の荒神橋の位置を確認しました。李さんが被爆した橋が、今も電車や通行人で賑わう繁華街にあることも知りました。
旧広島陸軍被服支廠からの中継では、原爆の爆風で大きくゆがんだ鉄の扉などを見ながら、この建物の歴史や背景を確認しました。
そして、16歳の時に被爆した切明千枝子さんからお話を聞きました。被服支廠は、切明さんのお母様が当時働いていたところで、原爆投下直後は多くの死傷者が運び込まれた場所でした。
この時、ロシア軍がウクライナのチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を攻撃していました。
「原発への砲撃を考えるととても悲しくなります。あれが爆発したらどうなりますか?それと自分がここで被爆したことを考えると、絶対に核は世界にあってはならないものだと思います。」と、大変心を痛めた李さんは訴えました。
- 被爆した場所・荒神橋にて、李鍾根さんの証言(英語のみ)
- 母親が勤務していた被服支廠にて、切明千枝子さんの証言(英語のみ)
- ロシア軍のウクライナ侵攻に向けての李鍾根さんからのメッセージ(日本語/英語字幕付き)
二日目:オンラインでめぐる、平和記念資料館と平和公園
商店や住宅が並ぶ「中島町」という大変賑やかだった地域が、1945年8月6日の原爆で吹き飛ばされ、完全に姿を変えました。その後、広島の平和記念資料館と平和公園となり、今では、毎年何千もの人が国内外から訪問する場所になっています。
資料館と公園へのバーチャルツアーでは、原爆が広島の街と人々に与えた影響を伝えると共に、広島が街としてどのように被爆を記憶し、人々に伝えてきたのかにも焦点を当てました。
資料館内のツアーでは、被爆者の遺品展示を見てまわりました。豆谷利宏副館長からは、近年の改修工事によって訪問者が被爆者の証言と遺品、写真や絵をよりよく鑑賞できるような工夫がされたという説明をうけました。
平和公園では、韓国人原爆犠牲者慰霊碑や身内や氏名の判明しない遺骨が納められている原爆供養塔など、被爆遺構や記念碑をめぐりました。
平和公園のバーチャルツアーの最後は、原爆死没者慰霊碑を訪れました。「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と書かれた石碑の碑文を紹介し、広島が伝えるメッセージを、参加者と改めて考えました。
「ウクライナでの戦争が起こる中、私たちは広島の被爆から何を学ぶべきか」という質問を、ツアーの後、参加者が投げかけ、「戦争は一般的に言って壊滅的な被害をもたらします。核兵器廃絶に向けて取り組むと同時に、戦争自体を起こさないための努力が大切だと再認識しています」と、プログラムのコーディネーターが答える場面もありました。
資料館と公園へのバーチャルツアーでは、原爆が広島の街と人々に与えた影響を伝えると共に、広島が街としてどのように被爆を記憶し、人々に伝えてきたのかにも焦点を当てました。
資料館内のツアーでは、被爆者の遺品展示を見てまわりました。豆谷利宏副館長からは、近年の改修工事によって訪問者が被爆者の証言と遺品、写真や絵をよりよく鑑賞できるような工夫がされたという説明をうけました。
平和公園では、韓国人原爆犠牲者慰霊碑や身内や氏名の判明しない遺骨が納められている原爆供養塔など、被爆遺構や記念碑をめぐりました。
平和公園のバーチャルツアーの最後は、原爆死没者慰霊碑を訪れました。「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と書かれた石碑の碑文を紹介し、広島が伝えるメッセージを、参加者と改めて考えました。
「ウクライナでの戦争が起こる中、私たちは広島の被爆から何を学ぶべきか」という質問を、ツアーの後、参加者が投げかけ、「戦争は一般的に言って壊滅的な被害をもたらします。核兵器廃絶に向けて取り組むと同時に、戦争自体を起こさないための努力が大切だと再認識しています」と、プログラムのコーディネーターが答える場面もありました。
さまざまな人と共に広島の教訓を学ぶ意義
2022年2月から始まったウクライナでの戦争によって、ヨーロッパだけでなく全世界の安全が脅かされています。
ピースボートは、このような時だからこそ、様々な人と共に、広島の街と人々から核兵器の脅威を学ぶことが重要だと確信しています。
今回の特別プログラムの参加者は、被爆した方や場所につながり、現代の広島に残る人々の思いや原爆遺構の示すメッセージを、オンラインではありますが直接感じることが出来ました。
本プログラムの企画、構想、運営には、福岡奈織さん、アナリス・ガイズバートさん、メアリー・ポピオさん、田城美怜さん、田中美穂さんをはじめ、多くの現地の方々が協力してくれました。
ピースボートからは、ICAN国際運営委員である川崎哲が監督し、スタッフの渡辺里香がプログラムを作成しました。そして、広島県やコーディネーターのみなさんと共に運営を行いました。
ピースボートは、このような時だからこそ、様々な人と共に、広島の街と人々から核兵器の脅威を学ぶことが重要だと確信しています。
今回の特別プログラムの参加者は、被爆した方や場所につながり、現代の広島に残る人々の思いや原爆遺構の示すメッセージを、オンラインではありますが直接感じることが出来ました。
本プログラムの企画、構想、運営には、福岡奈織さん、アナリス・ガイズバートさん、メアリー・ポピオさん、田城美怜さん、田中美穂さんをはじめ、多くの現地の方々が協力してくれました。
ピースボートからは、ICAN国際運営委員である川崎哲が監督し、スタッフの渡辺里香がプログラムを作成しました。そして、広島県やコーディネーターのみなさんと共に運営を行いました。