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核兵器禁止条約5周年記念イベント~核なき世界への航海~を開催しました

核兵器禁止条約5周年記念イベント~核なき世界への航海~を開催しました
核兵器禁止条約発効から5周年を迎えた2026年1月22日、ピースボートは国内外の被爆者や核被害者、支援者とともに核兵器禁止条約5周年記念イベント~核なき世界への航海~を開催しました。

イベント開演前、舞台裏では被爆者の福島富子さんが、次世代を担う中村涼香さんの着物の帯を整える姿が見られました。記憶のない被爆者として葛藤を抱えてきた福島さんと、被爆三世として被爆を伝える新たな仕組み作りを模索する中村さんの重なり合う二人の手と真剣な眼差しから、80年という歳月の重みと、それを未来へ繋ごうとする象徴的な光景が見られました。
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核兵器禁止条約発効から5周年を迎えた2026年1月22日、ピースボートは国内外の被爆者や核被害者、支援者とともに核兵器禁止条約5周年記念イベント~核なき世界への航海~を開催しました。

イベント開演前、舞台裏では被爆者の福島富子さんが、次世代を担う中村涼香さんの着物の帯を整える姿が見られました。記憶のない被爆者として葛藤を抱えてきた福島さんと、被爆三世として被爆を伝える新たな仕組み作りを模索する中村さんの重なり合う二人の手と真剣な眼差しから、80年という歳月の重みと、それを未来へ繋ごうとする象徴的な光景が見られました。

核兵器禁止条約の成立とこれから

核兵器禁止条約5周年記念イベント~核なき世界への航海~を開催しました
ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)事務局長のメリッサ・パークさんは、今年11月に国連で条約発効後初めて再検討会議が開かれることに言及するとともに、日本政府への同条約への加盟を求めました。

また、元コスタリカ外務次官で核兵器禁止条約交渉会議議長を務めたエレイン・ホワイト・ゴメスさんは、「この条約はみなさんの力によって誕生し 、私たちがともに強化し続けなければならない生きた国際法です」と語りました。

また、「今新たな軍拡競争、核兵器使用の脅威など、世界的な緊張と紛争の高まりがあるなか、冷静に粘り強く「唯一の安定的かつ持続可能な核戦略は核軍縮であるという訴えを広めていかなければならない」と訴えました。

ピースボートの川崎哲からは、「私たち一人ひとりには力がないのではないかと思うような日々が続いているかもしれないですが、この条約は私たち、世界の人々にとって歴史は変えることができる、戦争を止めることができるし、戦争の手段を減らして、なくしていくことができるというものです」と、その意義を語りました。

80年の重みと次世代への伝承の形

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日本被団協代表委員の田中熙巳さんは登壇時、「本当は10年前に欲しかった。ともに歩んだ仲間は、もうみんな死んでしまった」と語りました。2024年のノーベル平和賞受賞という節目を迎えつつも、ともに活動してきた仲間を見送ってきた孤独が、その言葉には滲んでいました。

93歳となった田中さんは、「若者が何も知らないままでいることが一番怖い」と語り、次世代がどのような世の中で生きたいかという希望を持つことの重要性を語りました。

福島富子さんは、生後6ヶ月で被爆したため当時の記憶がなく、長年「語る資格がない」と沈黙を守ってきましたが、70歳から伝承者としての活動を始めました。福島さんは「記憶がなくても、名もない被爆者の想いを代弁することはできる」と述べ、ダンスや音楽など、各自が得意な手法で伝えることができると語り、伝承は隣人の苦しみに寄り添う心を持つすべての人に開かれていることを伝えました。

「おりづるプロジェクト」と世界各地での被爆証言

核兵器禁止条約5周年記念イベント~核なき世界への航海~を開催しました
ピースボートの渡辺里香は、2008年から開始した「おりづるプロジェクト」には多くの被爆者が参加し、これまで世界60カ国100都市以上で証言活動を行ってきたことを伝えました。その中には、タヒチ、セイシェル、ギリシャ、コロンビア、ニカラグアの大統領やサモア、アイスランド、オランダの外務大臣との面談などもあったことを強調しました。

また、コロナによりに船が出せなかった時には、オンラインで世界各地で証言活動を行い、プロジェクト再開後はウクライナのユースも参加する形での活動も実施しました。

現在ピースボートの船内にはノーベル平和賞の展示内容を再現したスペースが設けられ、世界各地を巡りながら核廃絶のメッセージを伝え続けていると、その活動の広がりを伝えました。

次世代の持続可能な平和に向けた戦略

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次世代の活動家たちは、悲劇の継承に留まらない具体的な戦略を提示しました。長崎の被爆三世・中村涼香さんは、平和活動をボランティアではなく持続可能な仕事(ライフワーク)として成立させる構造づくりを提唱しました。

おりづるプロジェクトユースのジョエル・クリストフさんは、「ピースボートに乗船し、被爆者の通訳をしている中で、その証言が人々を変えていくのを見ていくなかで、軍縮は会議室だけで進むものではなく、関係性積み重ね、困難なときであっても真実を語り続ける意思によって築かれるものだ」と語りました。

仏領ポリネシアのイヒラウ・ピトンさんは、「核兵器は植民地での核実験も含め、史上最悪の暴力行為の一つであり、地球を6回破壊できるほどのものである」とその危険性を訴えました。

カザフスタンのアリシェル・ハッセンガーリエフさんは、「同国では旧ソ連が450回以上の核実験を行い、被爆コミュニティが何世代にもわたり、放射線、沈黙、差別と共に苦しみを負ってきたが、それと同時に私たちは核兵器のない世界と正義を追及する責任も負っている」と語りかけました。

残された課題と責任

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イベントの終盤には、広島の被爆者でカナダに暮らすサーロー節子さんからのメッセージが紹介されました。13歳で被爆し、瓦礫の下から光を求めて這い出した自身の経験に触れ、「暗闇から脱出するために、これまで以上の努力をしていかなければならない。諦めないで一緒に頑張りましょう」と参加者に呼びかけました。

そして最後にピースボートの吉岡達也は、これらの課題は若者だけのものではなく、日本に生きるすべての人の責任であると語りました。

5周年を迎えたこの日、本イベントはそれぞれが世代ごとに異なる役割を担いながら、核廃絶という共通の方向へと進む決意を固める場となりました。

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