第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いました

第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いました
ピースボートでは、旅を通じて世界を学び未来の国際社会をつくる若者たちを応援するため、「旅と平和」エッセイ大賞を実施しています。
第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いました山本真記子さん(前列中央右)と中島麗奈さん(同左)
7月9日、第14回「旅と平和」エッセイ大賞の表彰式を、東京のピースボートセンターで実施しました。大賞を受賞したのは、「サンタクロースの国からの【平和のきもち】」を書いた山本真記子さんと、「私なりの受け継ぎかた」の中島麗奈さんです。

受賞者のお二人には、エッセイ大賞の審査委員を務める鎌田慧さん(ルポライター)と伊藤千尋さん(ジャーナリスト)より、賞状と花束、そしてピースボート地球一周の船旅・無料乗船券が授与されました。審査委員のお二人からのコメントにつづいて、山本さんと中島さんより受賞のメッセージをいただきました。その内容の一部を紹介いたします。

鎌田慧さん(ルポライター) 「今回の受賞作は甲乙つけがたい」

第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いましたルポライターの鎌田慧さん(写真中央)
ピースボートは、若者たちが船を出して実際に戦争体験の跡を辿ってみるという、とても若者らしい気持ちで始まった団体です。近年、国際情勢も混とんとしており国内の不況も続いているため、世界に飛び出そうという若者はかなり少なくなっているのではないかと思います。そんな中で、ピースボートは老若を織り交ぜながら世界を旅し、参加者だけではなく世界にも影響を与えていく、平和を伝えていくということに取り組み続けています。

このエッセイ大賞には、平和について考え行動しているエネルギッシュな若者に、地球一周の船旅を通してさらに成長してほしいという思いが込められています。今回受賞されたお二人は、その可能性に満ちた存在です。

山本さんは、国際的に障害者の運動をやっていこうという志を持っています。そこには、支援される立場ではなく障害者の側から国際的に働きかけていこう、という新たな視点があります。山本さんがピースボートに乗船することで、他の参加者たちに対し大きな影響を与えていくのではないかと思います。

また、中島さんは小さなころから海外各地を訪れており、その中で臆せずにさまざまなことを吸収して学び取るというはつらつとした精神を獲得しています。私は、これは現代の日本の若者たちに薄れてきている意識だと思っています。あなたの力で、世界を自分の目で見ることの重要性を大いに見せつけてほしいと期待しています。

今回の受賞作は甲乙つけがたい。両者とも考えを抱くだけではなく、行動に移し実践する姿勢がすばらしいと思います。

伊藤千尋さん(ジャーナリスト) 「世界へと向けた行動力に期待したい」

第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いましたジャーナリストの伊藤千尋さん(写真左)
山本さんのエッセイの中で特にいいなと思ったのは、普通だったらめげてしまうようなハンディキャップであるにもかかわらず、自分が聴覚障害者であるということを決して後ろ向きに捉えないところです。そして、普通ならば自分のことをかわいそうだと思ってほしいと考えるところ、彼女は、自分のために姉は十分に愛情を受けることができずに姉をかわいそうだと案じている。

彼女がやりたいことは、国際的な障害者の支援活動です。自分が支援されるのではなく当事者として支援者側にまわるということは、本当にすごいフットワークです。こういう人が世界を変えていくのだなと思わされました。

一方の中島さんには、大きな共感を覚えました。彼女の出身は長崎ですが、私がジャーナリストとして出発した地も長崎でした。その当時は朝日新聞の長崎支局に勤務していましたが、そこで最初に担当した仕事は、実際に被爆者の方にお会いして被爆者の声を紙面に書くということ。実際に被爆者に取材したのですが、思うようなコメントはまったく引き出せませんでした。被爆体験を語ることはこれからの平和のために必要なのに、どうしてこの人は何も話してくれないのだろう?と疑問に思いましたが、それが非常に傲慢なことであると気づいたのは、それから十年後のことでした。

米軍による村人への大量虐殺があったベトナムのソンミ村を取材で訪れた際、私は生き残った村民らから話を聞きました。凄惨な体験談を聞き終わった後に謝意を伝えると、相手はしばらく黙りこみ、「もちろん私だって当時のことを思い出すと、その晩は眠れなくなる。それでも記憶を掘り起こして証言をおこなうのは、この悲劇が地球上で再び繰り返されないようにするためだ」と話してくれました。

その取材の帰り道、私はジャングルを歩きながら、似たような感覚を以前にも経験していたことに気が付きました。それが長崎での経験です。被爆者はなぜ沈黙して何も語らなかったのか、それは思い出すことがあまりにもつらかったからなのだと、その時にようやく思い至ったのです。被爆体験を話すということは、地獄のような経験を再び思い出すということ。それを受け取る側の私たちジャーナリストは、何でもないことであるかのように聞こうとしていました。本当に思い上がっていたと思います。話を受け取る側も、本当に真剣な気持ちで彼らに対峙しなくてはいけないことを、十年経って私はようやく知ったのです。

その長崎で、中島さんは被爆体験を伝えようという活動をしています。しかも彼女の場合は韓国に行き、米国に行き、自分で世界を広げていきました。金儲けをしようとかそういう発想ではなく、世界の平和のために自分が何かしたい、核兵器をなくしていこう、そのような意思を持って活動しています。将来アドボカシーをやっていきたいという抱負も抱いています。そのようなことを、17歳という年齢で決めているということはすごいこと。ぜひその行動力を世界に向けて示してほしいと思います。

山本さん、中島さんお二人が世界を変えていくことを、本当に期待しています。

山本真記子さん「当事者の立場から世界を変える取り組みに参加したい」

第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いました山本真記子さん
私には聴覚障害があります。生まれつき聴覚が弱く、物心がつく頃から母と二人で夜遅くまで発音の練習をしていました。年齢を重ねるごとに聴覚は弱まり、発音も悪くなってきていることを実感しましたが、その代わりに自分でできることを考えようと思い、18歳の時に手話を始めました。

また、学校に進学してからは周囲とは異なる行動をとることが多かったために、孤独感に苛まれることも多々ありました。しかしながら家庭教師の先生がとても素晴らしい方で、文章表現の方法や文法の構成などについて、丁寧に、あきらめず前向きに教えてくれたことで、自分を表現する術を獲得できたように思います。

私は27歳の時、身体障害者を対象とした海外派遣事業に親へ内緒で応募しました。国際平和につながる活動について、先進地で知見を深めたいと思ったからでした。福祉大国フィンランドに1年間留学し、フィンランドの聴覚障害者協会が活動途上国を支援し、連携する手順や経緯について調査しました。調査を重ねる中で学んだことは、国同士でお互いに連携し、高め合うことの重要性です。研究を進める中で、私自身も障害者のコミュニケーション手段を増やす取り組みができたらいいなと考えるようになりました。

「旅と平和」エッセイ大賞の存在を知ったのは、そんな時期でした。これは自分の世界を広げるチャンスだと思い応募しました。ぜひ私も船旅に参加し、自分にできることを通して世界を変える取り組みに参加できればと思います。

中島麗奈さん「ピースボートの船旅は、自分の可能性を広げるまたとない機会」

第14回「旅と平和」エッセイ大賞の授賞式を行いました中島麗奈さん
子どものころから両親に海外旅行に連れて行ってもらい、自然と世界の国々に興味を持つようになりました。また、小さなころからピースボートの存在はポスターを通して知っており、世界各地を訪れる船旅にずっとあこがれていたことから、街中でポスターを見かけると、近づいてクルーズの航路を眺めているような子どもでした。

昨年の夏から語学留学で米国ケンタッキー州の高校に1年間行っていたのですが、米国からピースボートのウェブサイトにアクセスしていたところエッセイ大賞の存在を知り、これならば私にもチャンスがあるかもと思い応募しました。

私には4歳下の弟がおり、彼からはよく「自由すぎて理解ができない」と言われます。しかし、今回エッセイ大賞を受賞することができたのは、その自由さが功を奏したからなのではないかと思います。

ピースボートには世界各地からさまざまな年齢層の方が参加していますが、私も乗船したら持ち前の明るさと積極性を活かし、たくさんの方々と話をしたいと思います。そして、ピースボートの船旅を、自分の可能性を広げる機会にしたいと思う。最後に、いつも私のわがままを許し応援してくれる家族に、感謝の意を伝えたいと思います。

※山本さんと中島さんのエッセイは、下記「この記事を読んだ方におすすめ」にある「第14回エッセイ大賞入賞者発表!」からご覧いただくことができます。また、次回(第15回)の募集も始まっています。奮ってご応募いただけると幸いです。詳しくは、下記の「第15回「旅と平和」エッセイ大賞・作品募集中!」の記事よりご覧ください。

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