「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?

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「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?ジョン・パーキンスさん
ここでは、第87回ピースボートに乗船された水先案内人で、米国出身の経済学者ジョン・パーキンスさんの講演内容について紹介します。パーキンスさんは、かつて「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」として、途上国の貧富の格差を拡大する役割を果たしてきました。そして現在はその反省から、持続可能な社会をつくるために行動を起こしています。パーキンスさんはパナマ(クリストバル)からグアテマラ(プエルトケツァル)までの区間に乗船され、船内で講座などを行いました。その内容の一部をお伝えします。

貧富の差を拡大させる「エコノミック・ヒットマン」とは?

「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?
エコノミック・ヒットマンとは、世界銀行の行員や大手コンサルティング会社の社員が、途上国の経済政策に深く関わり、膨大な債務と引き換えに米国企業に開発を受注させるなどして、米国に利益をもたらす存在です。

債務が返せなくなると、政治的、経済的に従属させられて、天然資源や国連の議決権をはじめとする国民のさまざまな資産や権利が奪われてしまいます。その活動によって利益を得るのは、米国の大企業や現地の一部の富裕層のみで、貧しい人たちはより貧しくなるという構図です。

エコノミック・ヒットマンだったジョン・パーキンスさんは、人々を幸福にしない自分の役割に気づき、活動から身を引きます。そして知られざるその活動を暴露する書籍『エコノミック・ヒットマンの告白』を出版、大ベストセラーとなりました。

仕事は米国のために天然資源を奪うこと

「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?
ジョン・パーキンスさんの講座では、自らの過去と私たちが住む世界はどのように作られてきたのかについて語りました。

「世界の経済制度は完全に破綻しています。地球上の人口の5%以下である米国が、地球上の自然資源の30%を消費しているのです。この経済制度を変えなければ、私たちは近い将来大きな崩壊を経験することになるでしょう」。

パーキンスさんが、エコノミック・ヒットマンとして活動していたのは1971年代から1981年までのことです。表向きの肩書きは、大手国際コンサルティング企業(チャールズ・T・メイン社)のチーフエコノミストでした。

彼の仕事は、石油など米国企業にとって魅力的な資源を持っている国々をターゲットに巨額の貸し付けを行い、その負債で米国企業に開発を受注させるというものでした。米国企業の主導の元で、国家の電力システムや高速道路など巨大なインフラ設備が建設されました。

パーキンスさんが開発プロジェクトのコンサルティングを手がけた国は、エクアドル、パナマ、コロンビア、インドネシア、イラン、サウジアラビアなどの国々です。いずれも原油を始め、さまざまな天然資源に恵まれた国々でした。

しかしこの仕組みで恩恵を受けたのは、米国企業とごく一部の裕福な人々だけでした。大多数の貧しい人々は、電力を購入することも車を運転することもできないのです。

エコノミック・ヒットマンは、その国が借金を返せなくなったのを見越して、政府首脳に石油資源などの資産で借金を返済するよう持ちかけます。彼らの狙いは始めからそこにありました。そして国の資源が奪わることで、貧しい人々はより貧しくなっていきました。

私は世界経済システムの奴隷だった

「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?グアテマラ先住民族のロサリナ・トゥユックさん(右から2人目)と対談する
パーキンスさんに転機が訪れたのは、1980年にヴァージン諸島を周遊していたときです。彼は古い砂糖農園の遺跡がある丘に登り、カリブ海の夕焼けを眺めました。

すると突然、この農園が何千人もの奴隷の骨の上に建っていることに気づきました。そして、この農園だけでなく今では地球全体が、無数の奴隷の骨に上に成り立っていると感じたのです。

パーキンスさんは言います。「ついに私は、自分自身が現代の世界システムの奴隷であることを認めなければなりませんでした。国際金融機関に身を捧げ、世界中の自然と人という資源を悪用しているのです。もうこんな事はやめよう。代わりに自分の知識を、より持続可能で公平で平和な世界を築くために使うのだ、と決心したのです」。

パーキンスさんは法外な報酬をもらっていた国際コンサルティング会社を退職し、自らエネルギー関係の会社を立ち上げます。80年代末にはその会社を売り払い、NGO「パチャママ・アライアンス」を創設。アマゾン川流域の熱帯雨林と先住民族の暮らしを守るための活動を始めました。

脅迫を受けながら暴露本を出版

「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?パーキンスさんの講座を通訳したコミュニケーションコーディネーター(通訳ボランティア)チームと
ちょうどその頃、パーキンスさんは暴露本『エコノミック・ヒットマンの告白』の執筆に取り掛かりました。しかし、出版すれば自身と娘の命を危険にさらすという脅迫を受けたことで、50万ドルの賄賂と引き換えに一旦出版を断念することになります。

2001年には、ニューヨークで9・11事件が起こります。そして世界貿易センタービルの跡地を訪れたパーキンスさんは、再びハッとしたと言います。

「世界は、我々が何をしてきたかを知ることになった。破綻している現代の世界経済制度が、どのようにできあがったのかを。だからもう一度筆をとることを決心しました」。

パーキンスさんは原稿を書き終えると、大手出版社に送りました。「これこそが、私にとって最大の保険となりました。誰かが私を殺せば、本の売り上げが伸びるだけだから」。書籍は2004年に刊行され、100万部以上の売り上げを達成しました。

「死の経済」から「平和の経済」へ

「エコノミック・ヒットマン(経済の刺客)」ジョン・パーキンスさんが語る、「途上国を食い物にする方法」とは?
パーキンスさんは、かつての自分が担っていたような企業の利益を最大化させることだけを目標とするお金の流れを「死の経済」と呼びます。彼は言います。

「死の経済は、人間や自然に対して敬意を払いません。大企業の社員の多くは、利益を最大化するためにできることは何でもして良い、と思い込んでいます。そして世界のリーダーたちは、この考え方を承認してきました。世界は長い間、この考え方に統治されてきたのです」。

パーキンスさんは、そのような世界経済のもとで私たちに何ができるか語ります。

「ある意味で、私たち全員がこの考え方を消費者としての購入活動により承認してきました。だからある程度責任があると言えます。世界市場は、民主的な部分もあります。全ての会社は商品、サービス、投資において消費者に頼っているからです。企業は私たちが支持した場合にのみ、生き残り繁栄できるのですから」。

パーキンスさんは、過去に対しては非常にネガティブな考えを持っているものの、将来についてはポジティブに考えていると言います。そして、講座の参加者に死の経済を変えるために行動をとるよう呼びかけました。

「私たちには力があります。企業は私たちに商品の購入をアピールしますが、最終的に決断するのは私たち自身です。その力を、死の経済を止めて平和の経済に変えるよう企業に訴えるために使う必要があります」。

「平和の経済」とは、この地球上の人々全員がまともな暮らしを送る事ができる経済制度のことです。パーキンスさんは最後にこう締めくくりました。

「私たちは、人類史上最も大きな革命の時代に生きています。それは意識改革です。私たちの子孫に引き継ぎたいと思える世界を築くためには、いま立ち上がる必要があるのです」。

◇ジョン・パーキンスさんの紹介
1971年から81年まで国際コンサルタントのチーフ・エコノミストを務め、世界銀行、国連、IMF、米国財務省やアフリカ、アジア、ラテンアメリカ、中東諸国の元首などと直接仕事をする。米国でベストセラーとなった回想録では、米国諜報機関と多国籍企業の「経済の刺客」として第三世界の指導者たちを巧妙に口説き、米国企業を優遇する経済政策をとらせてきたと告白した。書籍は30カ国以上で翻訳され、2007年には日本語にも翻訳。『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』(東洋経済新報社)として出版されている。

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