平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けました

プロジェクト:おりづるプロジェクト 寄港地エリア:アジア クルーズ: 日本一周クルーズ
平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けました広島での被爆ピアノと被爆バイオリンによるコンサート
8月の日本一周と東アジアを巡るクルーズで「明子さんの被爆ピアノ」と「パルチコフさんの被爆バイオリン」を載せて「平和と音楽の船旅」を行いました。このプロジェクトは8月6日の広島に始まり、寄港地で計9回、洋上で4回のコンサートを実施し、8月23日に神戸港に帰航しました。寄港中は現地の方々、航海中は乗船者らと、平和の音色と核兵器廃絶のメッセージを共有し、国際色豊かな音楽交流が行われました。

74年目を迎えたヒロシマ・ナガサキで

平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けました洋上合唱団のコンサート
「明子さんの被爆ピアノ」は、米国ロサンゼルスで生まれた河本明子さんという女の子が愛用していたピアノです。1933年に両親と共に広島に渡った明子さんは、1945年8月6日に建物疎開の作業中に被爆し、翌7日に19歳で亡くなりました。

ピアノは後に修復され、2005年の被爆60周年のコンサートで演奏されました。それ以来、一般社団法人HOPEプロジェクト(二口とみゑ代表)が平和教育活動としてこのピアノを維持し活用しています。今回は、ピースボートとHOPEプロジェクトが協力してこの企画を行うことになりました。

広島では台風警報により寄港が遅れましたが、スタッフ総出で準備をし、現地の方々370名を歓迎しました。ピアニストの萩原麻未さんとバイオリニストの成田達輝さんの演奏には、ピアノが大好きだった明子さんが弾いている姿や、苦境を生き抜いたパルチコフさんの強さが感じられました。地元中高生による「明子さんのピアノ」についての映像と朗読「ショパンを愛したピアノ」には、継承の新しい形がうかがえました。

長崎では、炎天下の中200名が来船しました。ピアノの崔善愛(チェ・ソンエ)さんと斉藤とも子さんの朗読コンサートで、ピアノの音色に合わせて若松丈太郎さんの詩「ひとのあかし」が会場に響き、被爆者歌う会「ひまわり」と純心女子高校音楽部の合唱で会を締めくくりました。

在韓被爆者が参加した釜山

平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けました被爆ピアノを奏でる崔善愛さんと、朗読をする斉藤とも子さん(手前)
釜山寄港中の演奏会には、約50名の在韓被爆者を含む150名が参加しました。韓国原爆被爆者協会・釜山市部長のリュ・ビョンムンさんは、「多くの差別を受けて長年闘ってきたが、いつも日本の被爆者と一緒だった」と語りました。

朗読とスピーチをした斉藤とも子さんは、「終戦が迫ったとき16歳だったお父さんが、当時満州からロシア軍に追われて逃げ続け、朝鮮の方々に命を救われた」と感謝の気持ちを伝えました。地元から、作家のキム・オクソクさんが詩の連作「原爆手帖」を朗読し、原爆被害者を見てきた苦悩を語りました。

在日3世である崔善愛さんは、「植民地支配は人々の心までを分断するが、今ある分断の力を私たちがはねのけていかなければならない」と語り、ショパンの「別れの曲」を奏でました。

「パルチコフさんのバイオリン」が奏でる思い

平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けましたウラジオストック港でのコンサート
「パルチコフさんの被爆バイオリン」は、明子さんが在籍していた広島女学院で音楽教師として赴任していたロシア人、セルゲイ・パルチコフさんが愛用していたものです。パルチコフさんは、1922年にロシア・ウラジオストック港から日本に渡りました。

金沢では、現役医師ユニット・インスハートが、このバイオリンとともに長崎の「おばあちゃんののこしもの」を歌い上げました。原爆で我が子を守れなかった親の悔いを想像し、来場した多くの方々が涙を流しました。

そして金沢から日本海を渡り、このバイオリンは約100年ぶりにウラジオストック港に戻りました。同港ターミナルでは、日露両言語でパルチコフさんのストーリーの朗読と、香田早智さんによるバイオリンの音色、そしてガリーナ・グレベニウクさんのピアノの伴奏が鳴り響きました。

強風の中でしたが港に集まった約70名のウラジオストック市民は、広島で被爆し、世界中を旅して里帰りしたそのバイオリンによるロシアの曲を、哀愁のまなざしで聞いていました。

小樽、室蘭、そして被災地・石巻へ

平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けました室蘭マリン少年少女合唱団の皆さんと
小樽と室蘭では、ウラジオストックで演奏した香田さんとガリーナさん、そして地元の少年少女合唱団のみなさんによる合奏が実現しました。

小樽少年少女合唱団のみなさんが披露してくれた曲「手をつなごう」の歌詞には、「大好きな友だちが 世界中にいるなら この地球はなんて 素敵な場所だろう」という平和のメッセージが込められていました。コンサート終了後、子どもたちは自分の家族と手を取り合いながら「明子さんのピアノ」に近づき、実際に突き刺さったガラスの破片に触ったり、鍵盤に手を置いて弾いたりしていました。

参加した子どものひとりはテレビの取材に対して、「やわらかくて優しい感じの音色」「平和な時代がずっと続けばいいな」と語りました。子どもたちが今後、広島・長崎の原爆投下という歴史のことを学ぶとき、「あのとき聞いた、触った、一緒に歌ったピアノがある場所」と思い出してくれるでしょうか。

広島出港当初から、船内では乗船者による「明子さんのピアノ合唱団」が形成され、担当スタッフの谷村千明紀の指導のもと、日々練習が行われました。混声三部合唱に参加したのは200人以上。東日本大震災の被災地である宮城県石巻市に寄港する前日には、洋上コンサートが行われました。満員になった会場で、一緒に船旅をした「明子さんの被爆ピアノ」を囲み、復興とこれからの平和を祈る気持ちを歌声に込めたコンサートとなりました。

石巻寄港当日には、被災し復興のために力を尽くしてきた石巻市の方々を船内に招きました。そこでは、支援ボランティアと地元の方たちとの繋がりや葛藤を描いた演劇「イシノマキにいた時間」を上演しました。また、吉俣良さんによるピアノリサイタルも行いました。長年、東日本大震災からの復興のために演奏を続けた吉俣さんの演奏からは、温かさと優しさが溢れ出ていました。被爆地から被災地へ、たくさんの出会いを得た音楽の船旅は、石巻でのコンサートを最後に幕を閉じました。(石巻の様子は、以下のリンクからピースボート災害支援センターのブログもご覧ください。)

船旅を通して一連のコンサートに参加してくださった方の総数は2,000人以上になります。今回のプロジェクトにご参加、ご支援いただいたみなさん、ありがとうございました。ピースボートはこれからも、核兵器の問題に向き合い、被爆の惨禍と平和への願いをさまざまな形で伝え続ける努力をしていきます。

多数のメディアで紹介されました

平和と音楽の船旅~「明子さんの被爆ピアノ」の音色を2,000人以上に届けました被爆ピアノに触れる人々
【広島】
2019年8月6日 共同通信 被爆ピアノやバイオリンで演奏会 平和祈り、広島港の船上
2019年8月7日 中国新聞 被爆ピアノ 船上の調べ 広島港 萩原麻未さん演奏

【長崎】
2019年8月10日 長崎新聞 広島で被爆したピアノの優しい音色 長崎港の船内で ピースボート

【釜山】
2019年8月7日 朝日新聞 被爆死した女性の愛用ピアノ、韓国へ 音色で伝える記憶
2019年8月10日 東京新聞ほか/共同通信 被爆ピアノ、韓国釜山港で初演奏 停泊中の船上で、記憶を後世に
2019年8月10日 ハンギョレ新聞 釜山で韓国人被爆者を慰労するコンサート開催
2019年8月11日 YTN 韓国原爆被害者を慰労した「被爆ピアノ」
2019年8月11日 釜山日報 ヒロシマ被爆ピアノ、釜山に響く
2019年8月11日 ニュースフリーゾーン 日本のピースボート「ヒロシマ被爆ピアノ、韓国原爆被害者と出会う」船上コンサート開催
2019年8月11日 西日本新聞 被爆ピアノ「平和」響かせ 釜山で船上演奏会
2019年8月12日 ハンギョレ新聞(日本語) 釜山で韓国人被爆者を慰労するピアノコンサート開催

【金沢】
2019年8月12日 MRO北陸放送 被爆ピアノ金沢で演奏会

【ウラジオストック】
2019年8月15日 インターネットテレビ・ベスティプリム カレンニクのビデオレポート「オーシャンドリームがウラジオストックに到着。歴史ある被爆バイオリンが港でコンサートを行う」
2019年8月15日 スプートニク 日本 広島の原爆で焼け残ったバイオリン 故郷のロシアに届けられる

【小樽】
2019年8月16日 NHK 原爆の記憶伝える“被爆ピアノ”
2019年8月20日 NHK 小樽港に響く被爆ピアノ

【室蘭】
2019年8月20日 室蘭日報 客船オーシャン・ドリームが室蘭初入港し市民らと交流
2019年8月20日 北海道ニュースリンク 客船オーシャン・ドリームが初入港し市民らと交流

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