パンフレットをでお届け
資料請求

韓国でも北朝鮮でもない「もう一つのコリアン」 ~サハリン「残留朝鮮人」夫妻、60年目の証言~

 戦後60年、日韓条約締結40年、韓流ブームから一転、竹島問題、靖国参拝問題、歴史教科書問題と日韓関係が問われる今、忘れ去られた「もう一つのコリアン」の夫妻がサハリンから来日されます。
INFO
 戦後60年、日韓条約締結40年、韓流ブームから一転、竹島問題、靖国参拝問題、歴史教科書問題と日韓関係が問われる今、忘れ去られた「もう一つのコリアン」の夫妻がサハリンから来日されます。
 戦前、数万人の人々が、朝鮮半島から日本領だったサハリンに移住し、あるいは強制連行され、「日本人」として暮らすことを強要されました。そして、ちょ うど60年前の夏、日本の敗戦によって、彼らは、そのサハリンに置き去りにされ、今度は、「ソ連人」として生きることを強制され、朝鮮半島へも日本へも帰 還を許されなかったのです。

 そんな過酷な人生を送ってこられた「サハリン残留朝鮮人」のスン・チョンモ(75才)さん、キム・メージャ(70才)さん夫妻が5月13日、NGOピースボートの招致により来日されます。

 「残留」から60年目の今、日韓・日朝関係が注目される一方で、東アジアの悲劇的歴史である「残留朝鮮人問題」を顧みる人々はほとんどいません。なぜ帰 還が許されなかったのか?どんな思いでサハリンで暮らしてこられたのか?などを改めて、戦前そして「終戦」、さらに冷戦時代を生き抜いてこられた戦後史の 証人であるお二人の話をお聞きし、今も未解決の過去と現在に向き合いたいと思います。

日時:5月16日(月)18:00~19:30
場所:ピースボートセンターとうきょう(新宿区・高田馬場)

■ゲストプロフィール

成 点模(スン・チョンモ)
1930年1月、サハリン生まれ。1945年以来、ソ連占領下のサハリンに強制「残留」。「サハリン残留朝鮮人」向けの唯一の新聞「新・高麗新聞」の代表を長年勤め、サハリンの朝鮮人コミュニティーの中心的知識人として活躍。現在も日本のメディアのロシア語通訳を務める。

金 梅子(キム・メージャ)
1935年8月、サハリン生まれ。1945年8月、ソ連軍の監視を逃れ、船で脱出し北海道江別に上陸。しかし、父と兄がサハリンに残留したため、やむを得ず帰島。以後、強制「残留」となり、優秀な婦人服仕立て工として長年勤めあげる。

このレポートを読んだ方におすすめ