マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しました

プロジェクト:脱原発 寄港地エリア:太平洋 クルーズ: 第90回 地球一周の船旅
関連キーワード:
エネルギー 災害 環境・エコ
マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しました(右から)ブルック・タカラさん、デズモンド・デュートラムさん、佐藤健太さん、ミシェル・アラキノさん 第五福竜丸展示館にて
福島原発事故から5年、チェルノブイリ原発事故から30年を迎えるにあたり、ピースボートの船旅では、太平洋で核実験の被害者を招き、福島の被災者らと交流する「太平洋ピースフォーラム」を開催しました。

太平洋は英語ではPacific Ocean ですが、そのPacific には「平和な、穏やかな」という意味があります。しかしながら、太平洋は過去の大戦に巻き込まれ、その後の植民地主義的な政策により多大な核被害を受けた場所でもあります。

核の被害にあった地域で人々はどのような問題に直面し、どのように行動してきたのか。いま原発災害に苦しんでいる人々にとっての教訓は何かを話し合いました。

はじまり、タヒチから

マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しましたパペーテの「1966年7月2日広場」の石の祭壇。ここでは献花を行いました。
2016年3月12日、太平洋を航海中の第90回ピースボート地球一周の船旅は、タヒチのパペーテに寄港しました。タヒチの属するフランス領ポリネシアでは、1966年から1996年の間にモルロア環礁とファンガタウファ環礁で、フランス政府による核実験が193回行われました。太平洋ピースフォーラムの参加者として、タヒチからは、元核実験場で潜水士として働いていた、「モルロア・エ・タトゥ」のミシェル・アラキノさん、同じ核被害を経験した福島からは飯舘村出身の佐藤健太さんがパペーテで合流しました。

パペーテでは、「1966年7月2日広場」にある、被爆の記憶が刻まれた記念碑を訪れました。その日は、ムルロア環礁で、はじめてフランス軍の核実験がおこなわれた負の記念です。石の祭壇(ポリネシア・マラエ)には、ポリネシアの島々、これから向かうビキニ環礁のあるマーシャル諸島や広島、長崎などの石が置かれていました。太平洋の島々では、訪問先へ自分の島の石を友情の証しとして持参する風習があるからです。

船の中では、一般の乗客の方へ向けた公開講座に加え、一緒に乗船している広島の被爆者の三宅信雄さんや、ジャーナリストであり被爆2世でもある高瀬毅さんなどと交流しました。

マーシャル諸島

マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しました原爆の証言会に参加したLemeyo Abonさん。自身の証言もお話いただきました。
船はマーシャル諸島の首都マジュロに初めて寄港しました。どこまでも広がる青碧の海。しかし、ここには未だ続く核の被害が影を潜めています。広島と長崎に原爆が投下された翌年の1946年から1958年にかけて、米国はビキニ環礁とエニウェトク環礁に67回に及ぶ原水爆実験を実施しました。その中で、とりわけ現地の人々に影響を与えた「ブラボー」のビキニ環礁への水爆は、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の被爆により広く知られています。

マジュロから合流した2名の参加者は、デズモンド・デューラトラムさんとブルック・タカラさん。デズモンドさんは、被爆に対する人道的な意識をあげる取り組みを行っているNGO、REACH-MIに所属しています。元々は大統領府で気候変動政策を担当してきました。ブルックさんは、Elimoñdikという女性の社会起業を応援するNGOでディレクターとして活動しています。もともとは米国出身で、マーシャル諸島に移り住み、母親として家族の核被害を訴えています。2人の案内により、一行は過去の核実験の影響を学ぶため、資料館や証言を聞きました。その後船内で、マーシャル諸島の学生たちをを招き、被爆者の三宅信雄さんの証言会を開催しました。

船はその後、横浜へ向け出航。マーシャル諸島とタヒチと福島。「核」という共通点を持った参加者は、お互いの状況や活動を共有し、その共通点の多さに驚きました。船内では、「核の世界」と「核のない未来」を想像したアート作品をつくり、核被害者に共通する課題を「5つの提言」にまとめました。また、福島に寄り添う声明もまとめました。
※声明と提言書は、ページの最後でダウンロード可能です。

日本に到着 福島(楢葉町、浪江町、南相馬市、飯舘村)を視察

マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しました飯舘村の帰宅困難区域へのゲートの前。現在でも林に近づくと10マイクロシーベルトほどの線量が測定される。
核の被害にあった場所で共通していることに、「避難」と「除染」があげられます。福島での被害の実態と共通点を探るため、一行はバスで楢葉町から浪江町に向かいました。浪江町は「避難指示解除準備区域」、「居住制限区域」、「帰還困難区域」の3区域に分けられており、訪れた避難指示解除準備区域は、来年3月には避難指示を解除できるように準備されています。しかし放射線の影響により未だ地震の被害が残っている地区もあり、帰還を希望する住民は少なく、若い世代はすでに新しい生活を始めている状況などについて、地元住民の方にお話を聞きました。

南相馬市に移動後、地元のコミュニティスペース「37カフェ」で、地元で活動されている方々との交流会を行いました。マーシャル諸島のブルックさんは、「自分たちが経験した「避難」と「除染」などに関して、こちらで役に立つ情報があればそれを活かしたい」と話しました。

翌日、佐藤健太さんの故郷である、飯舘村を訪れました。除染作業のトラックが行き交い、茶色の土がむき出しになった田んぼや山際からは、土埃が舞っていました。山の様に積み上げられた除染土の入った黒いフレコンバックを背に佐藤さんはつぶやきます。「本当にこの除染に意味があるのかどうか。汚染された土地を、自分たちの税金で除染している。」佐藤さんが通った母校の裏山は、除染後に足す土を掘り出すため、半分以上姿を消していました。

4/1 福島 地元の方々と交流

マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しました地元の方を交えた意見交換会、福島市のチャンネルスクエアにて
視察を終え、福島市内で地元の方との意見交流会「太平洋の島々から福島へ ~核被害者と語ろう~」を開催しました。会場はチャンネルスクエアという子どもたちのインドアスポーツと放射能測定所が併設された、地域のコミュニティセンターで行われました。太平洋でつながっているタヒチとマーシャル諸島と福島。過去に起きた悲劇と現在まで続いく被害について報告しました。マーシャル諸島のデズモンドさんは「部族の地主だった曾祖父によれば、アメリカ政府は核実験場用に土地を提供すれば、王様の地位をあげるという条件で土地を譲りました。しかし、放射能の危険については何も知らされていなかった。」と当時の様子を話しました。「人権が守られる世界を実現するために、植民地支配による人権侵害について考察することが必要」と植民地主義の性質についても鋭く言及しました。

その後は、地元のおいしいカレーを囲んでの夕食交流会にて活発な意見交換が行われました。

4/2 東京シンポジウム 民主主義とは?

マーシャル、タヒチ、福島の核被害者が集う 太平洋ピースフォーラムを開催しました
太平洋ピースフォーラムの締めくくりとして、東京大学駒場キャンパスで参加型シンポジウム「核被害者と考える民主主義」を開催しました。会場に立ち見も出る中、フォーラム参加者は、活動を通して発見したこと、被害の共通性、そして未来への提言を発表しました。核災害に共通の問題としては、被害者の切り捨てや差別、情報隠蔽、人権侵害などがあげられました。タヒチのミシェルさんは実感を込めて言いました。「軍事利用の核と平和利用の核、目的は違っても引き起こされる「結果」が同じということを改めて知りました。」

第2部では、「民主主義」をキーワードとして、過去と現在の分析と、これからの課題を議論しました。佐藤さんは、「民主主義が奪われることとは」という問いに対し、自信が経験した、災害、避難、その後の生活を振り返り言いました。「回りの同調圧力などあり、言いたいことが言えなくなっていた。民主主義とは私たちの声を取り戻すことです。」

最後のまとめで登壇された哲学者の高橋哲哉さんは、「これらの核被害者には、共通の「犠牲のシステム」がある。抜け出すために、民主主義を取り戻す必要がある」とコメントしました。国益などのために、誰かを「犠牲」にするシステムを正当化できるのでしょうか。

参加者4名は、元の場所にもどりますが、フォーラムで学んだことを持ち帰り各自で報告会などを予定しています。「Pacific team(平和なチーム)」の活動は続きます。タヒチの石の祭壇には、飯舘村で佐藤さんから受け取った地元特産「みかげ石」が置かれることでしょう。


《一連のイベントは以下のメディアで報道されました》

◆NHK福島 放射線の生活影響学ぶシンポ 2016年4月2日
◆産経/共同 福竜丸と対面「絆感じる」 マーシャルの若者、福島へ 2016年3月30日
◆Yahoo!ニュース(児玉克哉) マーシャル諸島の核実験被害~核の連鎖を人間の連鎖が超えるために 2016年4月2日
◆Yahoo!ニュース(児玉克哉) 核の被害者を増やさないために~広島・長崎、マーシャル、福島を結ぶ試み 2016年3月13日
◆朝日新聞福島版 核被害者と避難者 交流 太平洋の島、故郷を追われ賠償で分断 2016年4月5日
◆佐藤健太さんが「ひと」欄として岩手日報、中国新聞、高知新聞など、共同通信の配信記事として多数の新聞に掲載されました

関連資料、成果物

関連リンク

インフォメーション

ピースボートの活動
PROJECTS