「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇

プロジェクト:OKINAWA 寄港地エリア:アジア クルーズ: 第90回 地球一周の船旅
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「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇ピースボートの参加者は真喜志好一さんと辺野古を訪れました。
ここでは、第90回ピースボート地球一周の船旅の洋上で取り上げられた、沖縄の基地問題についての内容を紹介します。第90回クルーズ最初の寄港地は、沖縄。船内では、長く続く非暴力抵抗運動について、水先案内人の真喜志好一さんとジョン・ミッチェルさんによる講演を聞きました。

真喜志さんは那覇市生まれの建築家で、平和と環境保護に関する運動も積極的に行っています。ミッチェルさんはウェールズ出身の調査ジャーナリストで、日本を拠点に活動を続けています。参加者はお二人の講座を通じて、沖縄の歴史と現在なお続く問題に対しての洞察を深めました。

「ぬちどぅたから(命どぅ宝)」

「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇1943年那覇生まれの真喜志好一さん。
「命どぅ宝(ぬちどぅたから=命こそ宝)」。琉球最後の国王、尚泰(ショウタイ)が残したこの言葉は、沖縄の非暴力での抵抗運動の要となってきました。

日本列島の南、太平洋に浮かぶ琉球の島々は、数百年の間、アジア諸国と貿易を行いながら平和に栄えました。しかし、ヨーロッパ諸国によるアジア植民地政策が進む1879年、日本は琉球王国を併合(琉球処分)。琉球の人々に対する同化政策を行い、琉球の文化であった女性の入れ墨や地元の言語を話すことを禁じたのです。

日本政府が琉球王国の尚泰王を追放した時、彼が従者たちに残したのが「命どぅ宝」という言葉でした。

「お金やどんな所有物よりも、大事なものは命である。失うと、二度と手に入らない」という意味です。

かけがえのない命の大切さを伝えるこの言葉は、第二次世界大戦を経て現在に至るまで、沖縄の人々の心に刻み込まれています。

沖縄のことばで、「ゆくし」は「うそ」を意味します。真喜志好一さんは船内で、米軍基地について沖縄の人々が聞いてきた「ゆくし」をテーマに語りました。沖縄には米軍基地が32か所あり、沖縄本島においては面積の約2割を占めています。また日本全体にある米軍基地の75%が沖縄に集中しています。

「米兵による1995年の少女暴行事件の後、日米政府は普天間基地を閉鎖し、辺野古に移設することに合意しました。しかし実は、両国は長い間、辺野古に新しい巨大な基地を建設することを願っていたのです」と、真喜志さんは語ります。

「米軍はおよそ50年間、ずっと辺野古への基地建設を待っていました。そして安倍晋三首相によって米軍の願いがついに実現したのです」とミッチェルさんも続けます。

しかしこの計画に反対する候補者に投票するなど、沖縄の人々の多くは民主的な方法で反対しています。大多数の人々が反対する理由は明らかです。二本の滑走路と深海に渡る基地の建設には、膨大な土砂とコンクリートを海に流し込むことになるからです。

辺野古の生物多様性

「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇沖縄の人権問題や軍事施設による環境汚染について調査を続けるジョン・ミッチェルさん。
辺野古は沖縄本島の中部東側に位置しています。地元では、尾を南に伸ばした龍の頭が辺野古だと言い伝えられています。第二次大戦中には避難所が設置され、人々はジャングルで狩猟採集したり、大浦湾での魚をとって生き延びました。

また辺野古は地球上でも有数の生物多様性に恵まれた地域です。沖縄の人たちにとって聖なる動物である絶滅危惧種のジュゴンを含め、世界中でも珍しい海洋生物のすみかでもあります。「多くの人が辺野古の恩恵を受けているので、保護のために最善を尽くしています」と保護活動に何年も参加している真喜志さんは語ります。

現在、非暴力の抵抗運動は、陸と海の両方で行われています。陸での座り込みに加え、毎朝、誰かがボートやカヌーを湾に漕ぎ出し、作業船が建設工事を開始しないよう監視を行うのです。

年齢や性別は様々ですが、新基地建設に反対するという共通の目的をもって多くの人がデモ活動をしています。「日本政府の反応は非情なものです。彼らはデモ参加者を陸でも海でも引き摺り出します。ボートから引き摺られ骨折したり、入院を余儀なくされたりした人々もいます。警察は無抵抗な人々をたちを、あたかもテロリストのように扱うのです」とミッチェルさんは憤ります。

報道されない高江村で起きていること

「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇辺野古の海の貴重な生態系は、基地建設計画によって脅かされている。
辺野古は米軍基地反対の運動でメディアにもしばしば取り上げられていますが、一方であまり知られていないのが高江(たかえ)村です。

沖縄本島の北部は「やんばる」と呼ばれ豊かな森に覆われていますが、ここには世界最大規模の米軍ジャングル戦闘訓練所があります。ベトナム戦争中、米軍は高江村をベトナムの村に見立てて訓練を行っていました。沖縄の人々を雇いベトナム人を演じさせ、米兵たちがアジア人を殺害する訓練を行いました。

そして、ベトナムで壊滅的被害をもたらした悪名高き枯れ葉剤「エージェント・オレンジ」の実験も、沖縄で行っていました。すでに報道されているにもかかわらず、米国政府はこの事実を認めていません。現在もなお、高江村ではジャングルでの戦闘を想定した訓練が行われています。

「米国は沖縄の人々や自然について何も考えていません」(ジョン・ミッチェルさん)。米軍による沖縄での「エージェント・オレンジ」の使用について調査し、本を出版しました。

「最近では、米軍は高江村付近にヘリポートの建設を計画しています。地元の人々はそれに対し座り込みをして抵抗し続けています。ブルドーザーが到着するたびに、人々はサンピン茶(沖縄のジャスミン茶)で出迎え、建設業者に語りかけるのです。官僚主義な人たちは、このような温かいもてなしにどう対応すればよいのか困惑します。このようにして何年にもわたって、高江村の人々は、ヘリポート建設を押しとどめてきました」

非暴力の抵抗

「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇ミッチェルさんはその功績を認められ、2015年5月には、日本外国特派員協会から報道の自由推進賞・報道厚労賞を受賞しました。
ミッチェルさんは言います。「私にとって、沖縄の人々の抗議活動は、非常に力強く、世界の人々を勇気付ける活動だと思います」。

ミッチェルさんは、船内講座の中で、二人の重要な人物を紹介しました。阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さんと島袋文子(しまぶくろ・ふみこ)さんです。

阿波根昌鴻さんは、沖縄の人権運動の父として知られた方で、2002年に亡くなりました。彼はガンジーによるインドでの英国に対する非暴力抵抗に影響を受け、米軍に対し農民たちがどう対抗すべきか方針を決めました。それは、米軍に対して穏やかな態度でいること、そして米国人の良心を信じ続けることでした。

島袋さんは85歳になった現在も活動を続けています。ミッチェルさんはこう語ります。「島袋さんはかつて米軍基地でメイドとして働いていました。その仕事を辞めた彼女は今、力強く率直な平和活動の顔として活躍しています。私は彼女こそ、佐藤栄作氏やバラク・オバマ大統領よりも、ノーベル平和賞を受賞すべき人だと思っています」。

沖縄の強さ

「ぬちどぅたから(命こそ宝)」沖縄の平和を求める抵抗 ー 那覇真喜志さんの講座には、参加者からの積極的な質問や意見が飛び交いました。
安倍首相は現在、地元の人々の反対にもかかわらず、基地移設を推し進めています。それでもなお、沖縄の人々は平和的な抵抗運動を粘り強く続けています。

このような状況の中、真喜志さんは未来に希望を持って、辺野古基地の建設は不可能だと心から信じていると言います。それは、沖縄の人々は非常に強く、そしてたくさんの人々と地元の行政(沖縄県)が一丸となって立ち向かっているからです。

ミッチェルさんも前向きです。「毎日、沖縄の人々は日本本土や海外から多くの応援を受けています。だから、決して屈せず、この危機を乗り越えるでしょう。日本政府はすでに沖縄を手放しているのです」。

尚泰王も、阿波根昌鴻さんも、姿こそ見えませんが、沖縄の人々の抵抗活動の中で彼らの精神は脈々と受け継がれています。
※当記事は、英語のリポートに基づいて編集されたものです。原文は以下のリンクからご覧ください。

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