モンバサ[ケニア]
 
こんな国
・国名
 ケニア共和国 Republic of Kenya
・ことば
 スワヒリ語のほか、それぞれの部族がおのおのの言葉をもつ。
・歴史
 15世紀ごろから、アラブ国家、ポルトガルなどの支配を受ける。18世紀には、モンバサ港がインド洋沿岸や西アジアなどへの「奴隷積み出し港」として栄えた。20世紀にイギリスの直轄植民地となり、2万人以上が逮捕されるなどの激しい独立運動を経て、1963年に総選挙、英国領内の自治領として独立。翌年、共和制へ移行した。

「野生の王国」サファリ満喫ツアー
1948年に国立公園に指定された、ケニア最大の面積を誇るツァボ国立公園。ツァボ・ウエストとイーストからなり、その総面積はなんと日本の四国よりも一回り大きい約2万800平方キロ。約60種類の哺乳類と500種を超える鳥類が生息し、とくにアフリカ象の大群が見られることやサイの「聖域」があることで広く知られている。眺望の良いロッジに宿泊し、サファリを満喫するコースをレポート。

キャンピングサファリ体験
せっかくアフリカに来たのなら、満天の星空の下ベッドではなく大地に抱かれて眠りたい!!ということでテントを張っての2日間。もちろん数え切れないほどたくさんの動物たちと出会い、ちょっぴりハードだったけど大地で眠るロマンと醍醐味を全身で感じることが出来た「これぞアフリカ」と実感できるコースでした。

1日サファリ体験
1日でサファリを満喫しようという欲張りなこのコース。早朝6:15にオリビア号を出発し、一路ツァボ国立公園へ。ゲームドライブでは、シマウマやインパラのほかガゼルやゾウ、そしてライオンまでしっかり見たというグループが続出。砂埃にまみれながらも、野生の王国を満喫した1日でした。
(菅井)

SOS孤児院訪問
まずは、障害のある人々が自立して生活するための職業訓練プロジェクトを推進する「ボンボルル」を訪問。障害者たちが作製する木彫り工場などを見学した。またSOS孤児院では「マザー」と呼ばれるお母さんと、家族をなくした子供たちの「お宅」へ。ケニアの福祉への取り組みを知り、それを実践する人々や、何より子供たちとの心温まる交流コースとなった。

体験 アフリカン・ミュージック&ダンス
ケニアには30以上の民族が住み、それぞれが伝統的な文化を残しています。なかでも魅力的なのは、独特な旋律とエネルギッシュなリズムをもつ音楽。そんなアフリカンミュージックにあわせて、プロのダンサーたちからレッスンを受けた。会場となったカルチャーセンターは、障害者施設「ボンボルル」の中にあって、障害のある人たちが自立生活するためのさまざまなプロジェクトの様子も垣間見ることができた。

ケニアの子供達と大交流!!
蔓延するエイズなどによって両親をなくした子供たちとビーチで一緒に泳いだり、浜辺でサッカーをしたり。この企画は、孤児の共生施設SOSビレッジの職員たちが、「滞在が延びて困っているピースボートの人たちに娯楽を提供したい」と申し出てくれたことが発端で実現した。歌やダンスの披露、日本とケニアの料理勝負があったりと、いっぱい遊んで、食べての充実した交流会となった。

マリンディ2日間〜水先案内人・金丸さんと歴史海道をゆくツアー
「自分が行きたいから作ったツアー。半分以上は自分の趣味です。」と公言するのは水先案内人の金丸さん。
8世紀、アラブ商人によってインド洋における「大航海時代」が幕を開けた。ペルシャ湾からインド 洋、そして南シナ海まで9600kmの航路(海の道)が確立されたのである。一方、中国の商人はジャンクに乗って東アフリカまでやってきて、盛んに交易をしていた。そして13世紀に は、ポルトガル人バスコ・ダ・ガマがインド航路を開拓。ヨーロッパにおける「大航海時代」がはじまった。
そう、このコースは船内講座「歴史海道をゆく」の実地編。「当時のアラブ人、中国人、そしてポルトガル人の足跡をたどり、思いを馳せる。ひたすら想像力の世界です(笑)。」サファリだけじゃないケニアを感じた異色のツアーだった。

イスラムの街並み、ラム島3日間
マリンディのすぐ北に位置する小さな島「ラム島」。島内には、かつてこの海岸線一帯を統治していたアラブの空気が満ちあふれている。ロバ二頭が並んで歩くのがやっと、という細い路地が広がる街並みを歩いていると、数百年の昔に迷い込んだような気分にさせられる。 「ケニア」のイメージとは違う、もう一つの顔を見ることができた。

マサイマラ国立保護区でサファリ
標高1600メートルにあるマサイマラは、赤道直下とは信じられないような爽やかな風が吹いていた。この快適な気候のため、ケニアで最も多くの野生動物が生息しているといわれている。これぞ「野生の王国」という世界をサファリカーに乗ってゲームドライブ。途中、ライオンにまで遭遇した充実の3日間となった。
撮影:野際義明さん

ビーチリゾートでのんびり3日間
マリンスポーツを楽しんだり、プールサイドで1日中のんびり寝ころんだりと過ごし方は思いのまま。中には「地元の人と争える!」と評判になるほど真っ黒に日焼けした人も。思い思いにリゾート気分を満喫した3日間でした。

ダウ船ディナークルーズ
予期せぬ長期滞在になったモンバサ。たまにはピースボートらしからぬツアーがあってもいいんじゃないのと設定されたのが、これ。ヨーロッパ大航海時代のはるか以前、インド洋を駆けめぐったダウ船。いにしえのアラブ商人たちの風情(って、実状はそんな呑気でなかったはずだが…)を感じながら高級ディナーを楽しもうというもの。
ケニアでも指折りのレストラン「タマリンド」からダウ船に乗って出発。アフリカ大陸に深く抱かれたモンバサ島を囲む入り江をなでるように巡る。日本の食習慣ではちょっと考えられないが、前菜からコーヒーまでが、じつに4時間! 天には輝く星たち、水面からは心地よい風が吹き抜ける。たった7名だった参加者たちは、ケニア産のビールと南ア産のワインに舌鼓をうちながら「次回にピースボートが寄港する時の下見にもなったわよね。街中の喧噪もいいけど、たまにはこんな優雅な気分を味わうのも、満足」との声。お値段? 1万円也でした。
(きせ)

シャトルバスで行こう 幼稚園
モンバサ市内の『オールドタウン』。小さな住宅や商店が混在して建ち並ぶ地域で、観光客の一人歩きは危険と言われる。そんな一角の路地を右に左に折れていくと目的の幼稚園に到着。イディア先生と園児たちが出迎えてくれた。
この「ツアー」、じつは町中を散策していていた参加者が見つけだした幼稚園にみんなで訪問しようという「自主オプショナルツアー」。これまでに、「木陰で絵を描こう」とか「みんなでブランコ作り」なんてほのぼのツアーが好評を博してきたスタッフ篠原の呼びかけにこたえた15人が参加した。

キリマンジャロ登山
標高5895m、アフリカ大陸の最高峰、キリマンジャロ。東西50km、南北30kmの楕円形に広がったその姿は、富士山をさらに大きく、そしてやや平べったくしたようにも見えた。「キリマンジャロに登りたい!」そう思った強者たち19人(女性7人、男性12人)が、一世一代の大冒険にトライした。見事頂上へ登頂したのは約半分の10名だったが、15歳から73歳までの幅広い年齢層のメンバーは、固い絆で結ばれることにもなった。その「涙、涙」の奮闘ぶりをレポート。

エジプト・カイロ観光4日間
「まさか今回のクルーズでこんなところに来れるなんて」とは、参加したほとんどの人が口にした台詞。それもそのはず、モンバサから飛行機に乗って向かった先は、エジプト・カイロ。まずはギザ、メンフィス、サッカラと、「世界の七不思議」のひとつにも数えられるピラミッド群やスフィンクスを見学。写真などでは見慣れているものの、実際に目にするそのスケールの大きさにはみんな圧倒されっぱなし。
ちょっとドキドキしながら、定番の「ラクダに乗ってピラミッド見学」にチャレンジした人も…。そして、エジプト全土で見つかった膨大な数の出土品を収めた「エジプト考古学博物館」へ。きらびやかなツタンカーメンの秘宝の数々には思わず大興奮。最終日には、旧市街のイスラミック・カイロを歩いて、思い描いていた「エジプト」とはちょっと違う、人間臭い「アラブ」の雰囲気を味わったり。ケニア発、4000年の時をさかのぼる、ロマン溢れるツアーでした。

ドクター神戸も行くナイロビ3泊4日
モンバサ停泊中の船内講座で爆発的人気を博したドクター神戸は、現在ナイロビで獣医を営んでいる。そのドクター神戸、当初の予定ではケープタウンまで1週間乗船の予定だったが、日程変更のためルーシには乗船せずナイロビに戻ることに。それではドクター神戸の暮らすナイロビとはどんな街なのか?モンバサとはひと味もふた味も違ったナイロビを、ドクター神戸のユニークな案内でめぐってみた。

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