【支援物資活動レポート】第98回ピースボート地球一周の船旅
ピースボートUPA国際協力プロジェクトでは、世界各地へ「支援物資」を届ける活動を通して、各国のNGOや市民団体とのネットワークづくりを行っています。第98回ピースボート地球一周の船旅(2018年5月8日~2018年8月22日 )では、スリランカ、ロシア、パナマ、コロンビアなどに寄港し、現地の子どもたちに、文房具、衛生用品、スポーツ用品などを届けました。物資をご提供いただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。
- プロジェクト: UPA国際協力プロジェクト
- クルーズ: 第98回 地球一周の船旅
船
2018.9.18
2019.3.26
ピースボートUPA国際協力プロジェクトでは、世界各地へ「支援物資」を届ける活動を通して、各国のNGOや市民団体とのネットワークづくりを行っています。第98回ピースボート地球一周の船旅(2018年5月8日~2018年8月22日 )では、スリランカ、ロシア、パナマ、コロンビアなどに寄港し、現地の子どもたちに、文房具、衛生用品、スポーツ用品などを届けました。物資をご提供いただいた皆さまに、心より感謝申し上げます。
ロシアの明るい未来へ~サッカーで世界を変える~
2018年サッカーワールドカップまっただ中のロシア、サンクトペテルブルクを訪れサッカー交流をし、支援物資としてサッカーボールを届けました。
今回訪れた「Put Domoi(プットドモイ)」は、2003年に創立された、ホームレスや難民、アルコールや薬物依存症等を克服しようとする人々を支援する団体です。
中には「ホームレスワールドカップ(※)」にも出場した事がある選手もいる筋金入りのサッカー好きが集まっています。今、ロシアでは国民全人口の3.5%がホームレスと言われていて社会問題となっています。
「私たちは戦うことをやめてはいけないんだ」。1人の選手が残した言葉が、社会的弱者と呼ばれる立場の人々が向かう明るい未来を映し出したような気がしました。
※ホームレス・ワールドカップは、ホームレスに希望をもたらし、一般の人に問題を知ってもらうために支援団体などが開催しているホームレスによる国際的なサッカー大会。2003年より毎年行われている。
今回訪れた「Put Domoi(プットドモイ)」は、2003年に創立された、ホームレスや難民、アルコールや薬物依存症等を克服しようとする人々を支援する団体です。
中には「ホームレスワールドカップ(※)」にも出場した事がある選手もいる筋金入りのサッカー好きが集まっています。今、ロシアでは国民全人口の3.5%がホームレスと言われていて社会問題となっています。
「私たちは戦うことをやめてはいけないんだ」。1人の選手が残した言葉が、社会的弱者と呼ばれる立場の人々が向かう明るい未来を映し出したような気がしました。
※ホームレス・ワールドカップは、ホームレスに希望をもたらし、一般の人に問題を知ってもらうために支援団体などが開催しているホームレスによる国際的なサッカー大会。2003年より毎年行われている。
ユネスコ無形文化遺産・パレンケ村の文化を体験
コロンビア(カルタヘナ)の南東に位置する、パレンケ・デ・サン・バシリオという村を訪れ、サッカーボールなどの支援物資を届けました。
この村は、17世紀にこの地に逃れてきた奴隷たちの隠れ家として作られたもので、以来400年もの間、住民たちは祖国アフリカの文化・伝統を守り続けてきました。
特に、彼らの葬儀の形式、医療行為、またパレンケロと呼ばれる彼らの言語の文化的価値が高いとされ、この村の独特な文化的空間は2005年にユネスコ無形文化遺産に認定されました。
ピースボートではこれまでにもこの村を訪れ、村人たちと交流を行ってきました。今回は、子どもたちにサッカーを楽しんでもらおうと、村のサッカーチームにサッカーボールをお渡ししました。
長きにわたる植民支配やコロンビア内戦などの試練に耐え、独自の文化を守り抜いてきたパレンケ・デ・サン・バシリオ村。この貴重な文化的空間が次世代にも継承されていくことを願い、これからも支援をしていきたいと思います。
この村は、17世紀にこの地に逃れてきた奴隷たちの隠れ家として作られたもので、以来400年もの間、住民たちは祖国アフリカの文化・伝統を守り続けてきました。
特に、彼らの葬儀の形式、医療行為、またパレンケロと呼ばれる彼らの言語の文化的価値が高いとされ、この村の独特な文化的空間は2005年にユネスコ無形文化遺産に認定されました。
ピースボートではこれまでにもこの村を訪れ、村人たちと交流を行ってきました。今回は、子どもたちにサッカーを楽しんでもらおうと、村のサッカーチームにサッカーボールをお渡ししました。
長きにわたる植民支配やコロンビア内戦などの試練に耐え、独自の文化を守り抜いてきたパレンケ・デ・サン・バシリオ村。この貴重な文化的空間が次世代にも継承されていくことを願い、これからも支援をしていきたいと思います。
貧困に打ち勝つダンスの力
コロンビア(カルタヘナ)にあるタデオ・ロサノ大学内にある「コレヒオ・デル・クエルポ」というコロンビアを代表するダンスカンパニーを訪れ、サッカーボールを支援物資として届けました。
この「コレヒオ・デル・クエルポ(=身体の学校)」は、カルタヘナ近郊の貧困地区で子どもたちにダンスワークショップを行い、麻薬や犯罪に手を染めやすい環境にいる子どもや若者に、芸術のすばらしさ、体を動かすことの楽しさを教えるというものです。
ピースボート参加者は、ダンスという芸術を用いた社会貢献の様子を学び、ダンサーと一緒に体を動かして、表現することの楽しさを体験しました。
校長先生よりカルタヘナ貧困の現状を聞き、今後どのような支援ができるかを聞くと「SNSで現状を拡散するだけでも支援になる」と言われ、まずは写真を感想とともにインターネットにアップしよう!と、ハッシュタグをメモする参加者が多くいました。
言葉は通じなくても、ワークショップで心が通い合う、『ここに平和がある』と感じられる貴重な体験になりました。
この「コレヒオ・デル・クエルポ(=身体の学校)」は、カルタヘナ近郊の貧困地区で子どもたちにダンスワークショップを行い、麻薬や犯罪に手を染めやすい環境にいる子どもや若者に、芸術のすばらしさ、体を動かすことの楽しさを教えるというものです。
ピースボート参加者は、ダンスという芸術を用いた社会貢献の様子を学び、ダンサーと一緒に体を動かして、表現することの楽しさを体験しました。
校長先生よりカルタヘナ貧困の現状を聞き、今後どのような支援ができるかを聞くと「SNSで現状を拡散するだけでも支援になる」と言われ、まずは写真を感想とともにインターネットにアップしよう!と、ハッシュタグをメモする参加者が多くいました。
言葉は通じなくても、ワークショップで心が通い合う、『ここに平和がある』と感じられる貴重な体験になりました。
パナマの最貧困地区を訪問
パナマ(クリストバル)のエル・チョリージョ地区の子どもたちが通う「ファティマ教会」に服、子ども服、バレーボール、洗面用具、文房具などの支援物資を届けました。
ツアーが訪れたパナマ市エル・チョリージョ地区は、1989年末に起きた米軍によるパナマへの軍事侵攻の際、パナマ国防軍の総司令部があったことから、最大の激戦区となりました。
米軍が侵攻してから、国際赤十字や国境なき医師団、メディア、ジャーナリストなどは現地に入ることが許されず、救助活動も、取材活動もできなかったことから、パナマ侵攻については、情報や写真がほとんど残っていません。
大量殺害のあった一帯は侵攻後、すぐに米軍によって「平地」にされました。非公式ながら、推定で2000人から4000人のパナマ人が殺された可能性があると言われています。
現在はパナマの最貧困地区となっているエル・チョリージョ地区を訪れ、地区にあるただ一つの教会(ファティマ教会)で、無差別空爆を生き延びた人々の貴重な証言を伺いました。
また、侵攻時に多くの避難民を受け入れたファティマ教会には、侵攻当時の凄まじい破壊の跡を記録した写真の数々が展示されていました。現在は学校が併設してあり、地域の子どもたちが通っています。
パナマ侵攻から27年が経った2016年に、パナマ政府が米軍侵攻の実態究明をする委員会を設置しました。
ピースボートの受け入れ団体の代表であるトゥリニダー・アジョーラさんは「虐殺の真実、真相究明がなされるまで、私たちの活動は続くし、パナマ政府が正式に委員会を設置を決定し動き始めたが、それはまだ始まったばかりだ」と語りました。
ツアーが訪れたパナマ市エル・チョリージョ地区は、1989年末に起きた米軍によるパナマへの軍事侵攻の際、パナマ国防軍の総司令部があったことから、最大の激戦区となりました。
米軍が侵攻してから、国際赤十字や国境なき医師団、メディア、ジャーナリストなどは現地に入ることが許されず、救助活動も、取材活動もできなかったことから、パナマ侵攻については、情報や写真がほとんど残っていません。
大量殺害のあった一帯は侵攻後、すぐに米軍によって「平地」にされました。非公式ながら、推定で2000人から4000人のパナマ人が殺された可能性があると言われています。
現在はパナマの最貧困地区となっているエル・チョリージョ地区を訪れ、地区にあるただ一つの教会(ファティマ教会)で、無差別空爆を生き延びた人々の貴重な証言を伺いました。
また、侵攻時に多くの避難民を受け入れたファティマ教会には、侵攻当時の凄まじい破壊の跡を記録した写真の数々が展示されていました。現在は学校が併設してあり、地域の子どもたちが通っています。
パナマ侵攻から27年が経った2016年に、パナマ政府が米軍侵攻の実態究明をする委員会を設置しました。
ピースボートの受け入れ団体の代表であるトゥリニダー・アジョーラさんは「虐殺の真実、真相究明がなされるまで、私たちの活動は続くし、パナマ政府が正式に委員会を設置を決定し動き始めたが、それはまだ始まったばかりだ」と語りました。