第12回エッセイ大賞入賞者発表!

第12回エッセイ大賞入賞者発表!
第12回「旅と平和」エッセイ大賞では、以下の作品が入賞いたしました。審査委員による選評および、作品前文を掲載いたします。

大賞
「妊婦体験しながら世界一周の旅」 箱山昂汰さん

次点
「ゆっくり、ゆっくり」 酒井彩花さん
「『おかげ様のお互い様』で繋がる世界」 廣瀨智之さん

※第13回エッセイ大賞の作品を募集中です。ご興味のある方は、記事の最後にあるリンクをクリックしてください。

第12回エッセイ大賞選評

第12回エッセイ大賞入賞者発表!
●鎌田慧さん(ルポライター)

ピースボートの「旅と平和」エッセイ大賞も12回目となった。今回も旅を通して考えた作品が多く寄せられ、世界に関わって生きようとする若ものたちが、着実にふえていることが実感できて、たのもしく思った。

この中で、箱山昂太さん(23歳)の「妊婦体験をしながら世界一周の旅」が、着想、計画、実践、総括のプロセスが嫌みなく整理されて描かれ、よく思想化されている。

「妊婦体験」とは、10キロの水を特製のジャケットに入れ、腹部に装着して歩く疑似体験である。世界の街をまわりながら、そのジャケットを男たちに着けてもらい、床にある小石をひろったり、横になってもらったりしてもらう、という奇想天外な旅である。

妊婦の苦労を男にも理解させ、「お母さんに優しい世界をつくる」というのが、医学部学生である筆者の目的である。変な格好だから「自爆テロ」にまちがわれるかもしれない、との不安もあるが、とにかく、アジア、中東、アフリカとまわって歩いた。

世界を変えたいと考えていたが、世界を知りたかったんだ、と箱山さんは気づいた、という。それが旅の教訓だった。そこからの出発が第一歩である。この結論の地道さは、たしかなもので、これからが期待できる。

佳作として、イランの人との話し合いで、「すこしづつ変えていく、大きく変えたら歪みができてしまう」ということの大事さを理解させられた、酒井彩花さん(21歳)の「ゆっくり、ゆっくり」。それと相手との相互の関係を大事に考える文化を、フイジーのひとたちからで学んだ、廣瀨智之さん(22歳)の「『おかげ様のお互い様』で繋がる世界」を推す。
第12回エッセイ大賞入賞者発表!伊藤千尋さん
●伊藤千尋さん(元朝日新聞記者・ジャーナリスト)

大賞に選んだ箱山昂汰さんは、たぶんこれまで世界のだれもが思いつかなかったアイデアを実行しながら世界を回った。現地で出会う男性に妊婦体験をしてもらうという奇抜かつ卓越したアイデアだ。

平和を世界や日本の平和など大上段に構えるのでなく、一人一人が安心して暮らせることという実に素直で身近なところに求めた。最も困っている妊婦に焦点を当て妊婦を体験できない男性に実践をしてもらった。こうしたことを考えついたのも見事だし、よくも実行したと思う。資金の一部をクラウド・ファウンディングで調達したというから、企画力も持っている。

いまどき夢を持つ人が少なくなった。ただ夢を持つだけでなく、夢をかなえるためには努力や苦心が必要だ。医師を目指して医学部に入学を果たしたあと、それを土台に世界を舞台に自分流の旅をしてまわった彼は、ピースボートに乗ればさらに面白いことをやってくれそうだ。いっしょに乗船した人々にも刺戟を与えるだろう。その着想力、実行力を存分に活かしてほしい。

ほかの作品の多くは、心に響くものがあまり感じられなかった。総じて海外に行ってこんなことを感じた…という感想文のレベルにとどまっている。どうぞ、がんばってポスター貼りやアルバイトをして船に乗ってほしい。この大賞はだれにも門戸が開かれているが、けっして甘くはない。

第12回「旅と平和」エッセイ大賞 大賞受賞作品

「妊婦体験しながら世界一周の旅」 箱山昂汰さん(23歳)

平和という言葉は、どこかとりとめなくてちょっと苦手だ。その言葉を聞いて僕なりに思い浮かぶのは子供たちの顔だ。未来を創るのは子供たちであり、一人一人に無限の可能性があると信じている。そんな子供たちを支えていくことこそ、平和を創っていくことだと思う。

少し前まで僕は、子供たちや彼らのお母さんたちの力になれたらと思って、ちょっと特別な旅をしてきた。世界一周をしながら現地で出会う男性に妊婦体験をしてもらい、彼らに素敵なパパを目指してもらう、という旅だ。

中学2年生の時、講演会で見た1枚の写真が最初のきっかけだったと思う。7年半という時間をかけて自転車で世界一周した方の講演で、様々なエピソードを色とりどりの写真とともに知ることができた。その中に、アフリカの少年を写した写真があった。吸い込まれそうなくらい真っ青な空の前で、真っ黒な肌にキラキラした目を輝かせ、真っ白な歯でニカッと笑っている姿だった。僕はその写真をときどき思い出しては、まだ見ぬ大きな世界を感じることができたし、そんな場所にいる自分を夢見ることができた。

高校3年生の時、進路を決めることになった。世界を股にかけて、目の前の誰かの力になれるような仕事をしたいと考える中で、医師という仕事こそピッタリなのではないかと考えた。当時の夢は「医師としてアフリカの国をまるまる一個分くらいハッピーにできるような仕事をすること!」だった。

医学部に無事入学した後、何かしたくてしょうがなかったので、国際医療に関する学生団体に参加した。その活動の中で、母子保健に興味を持つようになった。理由として、開発分野の中で特に困ってそうだと感じたことと、僕を含めた三兄弟をシングルマザーで育て上げてくれた母の存在がある。貧しい国では、お母さんや生まれたてのベイビーがとりわけ困っているのかもしれない。それなら、そんな人たちの力になれたらと思った。そして、そうすることは、ちょっと紆余曲折してはいるけれど、しっかりと教育を授けてくれた母への恩返しにもなる気がした。

母子保健に興味を持つ一方で、中2の時からずっと憧れていた世界一周への気持ちも高まっていく。国際医療をするくらいなら、とりあえず世界を自分の目で見た方が良いだろう。そんな風に思って、世界一周の旅に出ることを決めた。バイトをしたり、休学の手続きを進めたりする中で、あっという間に月日は流れ去った。

出発3か月前になったある日、ふと、何か面白いことをしたいと思った。昨今の世の中、世界一周それ自体はそんなに珍しくもないことだ。自分にしかできないような、それでいて夢にも近付けるようなことはないか考えるようになった。母子保健と世界一周を掛け合わせて考える中で、妊婦体験ジャケットというものが思い浮かんだ。それは10キロの腹部に装着できる重りで、臨月の妊婦さんのお腹や胸の重さを疑似的に体験できるようになっている。日本では病院や保健所の両親学級などの場で利用されている。それを着けて世界の街を練り歩き、現地の男性たちに妊婦さんの大変さを広めていく旅をするとしたら。誰もやったことがないだろうし、ちょっとバカっぽいかもしれないけれど愛に溢れた旅になりそうだ。思い立ったら居ても立っても居られずすぐに企画書を書き始めた。この時から「お母さんに優しい世界を創る」ことが僕の旅のテーマの一つになった。

2015年2月19日、香港から旅が始まった。空港のゲートをくぐり、人混みの中にひとり立ち尽くしていると旅のスタートによる高揚感はいっきに萎んで不安な気持ちでいっぱいになった。泊まる場所も食べるものもこれからは自分で見つけて行かねばならない。それに加えて、妊婦体験を現地の男性にしてもらうやり方も。後者に関しては、ネットで探しても答えが出てこない。旅を通して、試行錯誤の連続であった。

そもそも、訪問先のどの国でも英語が通じたわけではない。そのため、変な格好をした不審者と思われてもしょうがないし、悪くすると自爆テロを起こそうとしている犯人に間違えられかねない見た目だった。ひとまずは相手に活動の趣旨を理解してもらう必要があったので、実施する前の準備として英語の分かる現地の人に依頼して自己紹介と活動紹介を現地語に翻訳してもらった。他にも妊婦さんや子宮の中の赤ちゃんの絵を描いたりして、視覚的にもわかりやすくなるよう工夫した。

準備が全て整ったら、妊婦体験ジャケットを僕自身に装着して、各国の街を歩き回った。(ジャケットの中は10キロ分の水で、使わないときは水を抜いて軽くしていた。)時間のありそうな男性を見つけたら、元気良く現地の言葉で挨拶をする。その後、翻訳した紙を見せて妊婦体験してみないか提案した。だいたいの男性が渋るので、そこを愛嬌たっぷりでお願いし続けてみる。そこでOKが出たら、手早く自分の着けていたジャケットを取って相手に着けてもらい、歩く、床にある小さいものを拾う、横になってもらうといった動作をしてもらった。こういった現地の妊婦さんたちが実際にしている動作をしてもらい、お腹に重りがあることでどういった大変さがあるのかの感想を聞いた。

体験が終わった後は、最後にまとめとして、「Please take care of your babies, your wife, and your mother. Respect women, and be a good father!!(あなたの赤ちゃんや奥さん、お母さんを大切にしてください。女性を尊敬する心を持って、素敵なパパになってくださいね!)」と伝えた。この言葉を伝えるときに、僕は相手の目を真っ直ぐ見て、ありったけの心を込めるようにしていた。ときどき、目を潤ませてしっかりと見返してくれる人がいた。僕はそんな時に、ちょっと泣きそうになるくらい感動したし、活動を続けていて良かったと思うことができた。

最終的に、1年3か月をかけて43か国を巡り、1070人の方に妊婦体験してもらった。「妊婦体験をしてみませんか?」と声をかけて実際にやってくれる男性はおよそ3人に1人の割合で、断る理由としては、「時間が無い」「体の具合が悪い」「男のするようなことではない」といった声があった。しかし、実際の本音を察するに、「街中でそれを着けるのは恥ずかしい」「いきなり妊婦体験とか訳分からない」であったのではないかと考えている。一方で、妊婦体験してくれた人の反応は、最初は恥ずかしそうにしているけれど、一旦着け終ると笑顔を浮かべて写真を撮ったりしてはしゃいでいる人ばかりであった。和気あいあいとした雰囲気の中で、現地の人と関わりあうこと自体が僕にとってはとても嬉しい収穫であった。

イランのエスファハーンという街での活動がとりわけ印象に残っている。この街では人々のおもてなしをしようとする雰囲気に溢れていて、まるで天国みたいなところだと繰り返し思っていた。あるカップルに声をかけて彼氏さんに着けてもらった際、それを見ていた彼女さんから「本当に素敵ね。こんな日本人の平和な考え方が私たちは大好きで仕方がないの!」と言われた。自分の故郷ごと褒めてもらえたのが嬉しく、この言葉が旅を通して一番心に残っている。イランに限らずイスラム教の国では、「妊婦さんやお母さんは一番に大事にするものだとコーランには書いてあるんだよ」と誇らしげに引用しては私の活動に対して暖かい言葉をかけてくれる人が多かった。一方で、帰国してからこの話を日本の人にすると多くの人が意外だと言う。それがいつも、ちょっと悔しい。

アフリカは4か月かけて、エジプトから南アフリカまでを縦断した。旅を計画している段階では、将来の仕事現場を探そうと思っていたくらいであったけれど、実際に歩いてみると、問題意識のようなものはどんどん無くなっていった。「アフリカをハッピーにしたい」と夢見ていた高校生の頃は、知らず知らずのうちに「アフリカは困っていて救われるべき」という前提のもとでモノを考えていた。しかし、その場所に立って現地の人と同じように暮らす中で、そこにそのままある姿が良いと思った。日本の医療水準と比べたら確かに未熟であるのかもしれないけれど、僕の想いありきでアフリカを変えようとするのは違うと思うようになった。それまでの固定観念も夢もぶち壊してもらえて、アフリカにはとても感謝している。そこにはやはり、中2の頃に憧れた写真みたいに真っ青な空が広がっていた。

世界一周のテーマである「お母さんに優しい世界を創る」ことに関しても、スタートした時とは違う考えを持てるようになった。僕はどこか無理をしてでも世界を良い方向に変えることを目指していた。しかしそもそも、圧倒的に大きな世界を、学生に過ぎないちっぽけな自分が変えようと頑張ったところで、目に見える成果が出るわけはなかった。変えなきゃと望めば望むほど、息苦しくてつらくなった。そんなある時、自分の好きなことは世界を変えることではなくて、世界を知ることなんだと気付いた。いろんな場所に行って、いろんな文化のいろんな人に会うことが大好きだから、僕はずっと旅をしてこれたんだと気付いた。今は高校生の時のようにはっきりと自慢できる夢はないけれど、世界への熱い想いは増え続ける一方だ。医師という仕事をしているかは分からないけれど、これからも人生を旅するように楽しんで行きたい。その旅の中で、子供たちの未来を創る一助になれたらと思う。
[お知らせ]
2017年5月23日(火)付の東京新聞「本音のコラム」に、選考委員長・鎌田慧さんによる、この大賞作の書評が掲載されました。

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