「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国

「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国ともに地球一周をしたおりづるプロジェクトのメンバー
戦後70年、そして同時に原爆投下から70年に当たる今年、ピースボートでは第8回「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」を実施。8名の被爆者と3名のユースを乗せて、世界19カ国で世代を越えて被爆証言を行いました。2015年7月25日、船は105日間の旅を終えて横浜港へ無事帰港しました。そして、今回のクルーズの成果を報告する記者会見を実施しました。ここでは、会見の様子をお伝えします。

ヒバクシャとユースが世界で被爆証言会を実施しました

「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国記者会見の様子
70年という節目の年を迎えた今年のテーマは、「被爆70年−未来へつなぐ」というもの。世界19カ国で実施された交流会と証言会では、被爆体験をどのように表現し、継承していくかを念頭に置いて行われました。

ピースボートで「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」が実施されるのは8回目となりますが、今回は初めて世界6000以上の都市が加盟する平和首長会議との合同プロジェクトとして証言会を行ったというのは大きな成果となりました。特に、インド、ベルギー、ドイツなどの10カ国では「過去と今の対話プロジェクト」と題し、被爆者と子どもたちやその親たちとの対話の場を設けました。また、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)とともに核兵器禁止条約の交渉開始に向けたキャンペーンも展開しました。会見では、参加被爆者を代表して三田村シズ子さんと伊藤正雄さんの2名、そしてユースを代表して橋本昭博さんが、今回の船旅での経験を述べました。

放射能によって、次の世代の子どもたちまで苦しんでいる様子を伝えたい

「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国三田村シズ子さん
三田村シズ子さん (長崎出身・当時3歳、爆心地から4km地点の自宅にて被爆)

「戦後70周年を迎えてこの船に乗った理由は、以前から一度は世界各地を訪れ、子どもたちに自分の体験、原爆の話、放射能の問題などを伝えたいと思っていたからです。私は自分の娘や姪たち、4名をガンで亡くしましたが、70年前の放射能の影響で、次の世代の子どもたちまでもが苦しんでいる様子などをお話しさせていただきました。戦争さえなければ、原爆は落ちなかったと思います。戦争の愚かさを心より感じ、絶対に戦争はしてはいけないと伝え続けていかなければいけないという使命感を改めて感じています」。

ドイツ・ハンブルクで、大空襲の被害者と交流

「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国佐藤正雄さん
伊藤正雄さん(広島出身・当時4歳、爆心地から3.5km地点の道路で被爆)

「私の兄と姉は、被爆した直後に亡くなりました。そして両親も10年後に放射能の影響で他界しています。私が一番ショックを受けたのは、自分より3歳若い妹が今から5年前にガンで亡くなったことでした。妹の死をきっかけに、本当に核兵器を廃絶させないといけない、そして放射能の怖さだけは絶対に訴えていかなければならないと強く思うようになったのです。船旅では、ドイツのハンブルクでそういった思いを証言しました。そのハンブルクでは、大空襲の被害にあった人々と交流することができました。それによって、戦争の被害にあったのは自分たちだけではないことや、出会いから友好関係がつくれるのだということに気がつきました。このようなこの友好関係こそ、未来の平和を築く礎だと思います」。

「おりづる劇団」で伝える手法を工夫しました

「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国橋本昭博さん(左)と三田村シズ子さん
橋本昭博さん(ユース非核特使)

「私たちは世界各地で政治家、子ども、平和団体の方を含め、2000人以上の人に被爆者の方たちとともに原爆の問題を伝える努力をしてきました。どうしたら伝わるのかを話し合い、本当に悩みました。その中で気づいた事は、まずは友達になる、というシンプルなことが大切だということでした。証言活動は、寄港地だけでなく船内でも実施しました。ピースボート参加者は約1000人で、そのうち若者は150人ほどでした。その若者たちにももっと興味・関心を持って欲しいと思い、「おりづる劇団」と題してダンスや歌や漫才など、伝える手法を工夫して報告しました。戦後70年を経て、これから被爆者の方々が証言できなくなる世界になっていく。だからこそ、自分たちが世界に発信していかなければならないと思います」。

記者からの質問に応えて

「核なき世界」を訴えた第87回ピースボートが、地球一周の航海から帰国三宅信雄さん(中央)
Q:ギリシャの国会で演説されたとのことですが、それについて教えてください。

・三宅信雄さん(広島出身・当時16歳、爆心地より1.8km、路面電車の中で被爆)

いま経済危機を迎えているギリシャで、大統領に会って話をすることができました。国が経済危機で大変な状況にもかかわらず、よくそのような機会を与えてくれたと思います。政府も国民も、経済危機に見舞われている最中でしたが、それでも国会議長が国会を3時間も延長してくださって、全政党から議員が出席してくれました。そして各党が核問題についてどう思うのかという議論も行われました。

国会でスピーチをした私は、もちろん核兵器の恐ろしさを伝えることを第一の目的としていましたが、経済危機からの脱却も大切だと訴えました。なぜなら過去の歴史を見れば、不況がファシズムの台頭を招くこともあるからです。それを受けてギリシャの大統領は、被爆体験を伝える活動は大変重要であること、そして科学技術の進歩は平和や文化を発展させるために使うべきと語りました。また、民主主義の発祥であるギリシャはそれを裏切ることができないし、核政策においても同じだと述べてくれました。

Q:いま政府が進めようとしている安保法制についてどう思われますか?

・三宅信雄さん
日本がそういう方向に進んでいるというのは大変残念に思います。とても戦前の動きに似ているので、危機感を感じています。

・伊藤正雄さん
ドイツも隣国と戦火を交えてきましたが、今はうまくやっています。それだけでなくEUの中心や世界のリーダーにもなっています。かたや同じ敗戦国の日本は、隣国からバッシングを受けています。今回の政権による隣国を逆なでするようなやり方は非常に残念に思っています。

Q:ユースの方々から、船旅を終えてのメッセージをお願いします。

・鈴木慧南さん
私は大学を休学していて、これから半年は長崎に住む予定です。被爆者の方々が何を語っていきたいのか、亡くなった後に何を残したいのか、長崎に暮らしてこの目で見てきたいと考えています。船内では原爆の事に興味のない若者が、おりづるプロジェクトをきっかけに興味を持ってくれました。今後も自ら発信をして、まわりの人たちを巻き込んでいきたいと思います。

・橋本昭博さん
私は世界の社会問題を演劇という手法で表現しています。今回はヒバクシャの方々と25都市を一緒にめぐり、多くのことを学びました。今後も平和構築のために演劇を通して、世界に伝えていきたいと思っています。

・岩本麻奈未さん
私は船内で、クレイアニメーションを作って被爆証言を映像化しました。今後も様々な表現方法によって被爆証言を後世に残していこうと考えています。そして周りの私と同じ世代の人たちには、芸術であろうと、特技であろうと、誰でも継承活動はできるよ、ということを伝えていきたいと思っています。

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