私が多様な世界に出会えた場所・PEACE BOAT

私が多様な世界に出会えた場所・PEACE BOAT
地球をめぐる船旅を続けてきたNGOピースボートは、船や国内外での活動を通じて、あらゆる世代、性、人種、民族、宗教や信条、身体的特徴を越えて、人々がつながりあうことのできる場づくりをめざしてきました。それは、洋上で多様性にあふれる世界へのトビラの役割を果たすこと、と言えるかもしれません。

異なる価値観に触れ、お互いを尊重し、ともに歩んでいく場の魅力を感じてもらえるよう、ピースボートに乗船して、現在はスタッフとして行動しているメンバーを3組を紹介します。

人と違うのはあたりまえ/大村祐子・キャロライン

私が多様な世界に出会えた場所・PEACE BOAT大村裕子・キャロライン
大村祐子・キャロライン(31)は、ピースボートの通訳ボランティアとして乗船しました。イギリス人の父、大阪出身の母の間に生まれた彼女は、イギリスで育ち、父親の仕事の関係で13歳のときに日本にやってきました。当初は、型にはまった感じがする日本の学校にうまくなじめませんでした。

「学校に通って初日に他の生徒から『あー!ガイジンだ!』と言われたことを覚えています。だからといっていじめられることはなく、みんな優しく接してくれましたが…。でもみんなが同じことをしないと仲間に入れない雰囲気や、服装を細かく決められる指導にはなかなか慣れませんでした。イギリスでは、13歳だと大人のように扱われ、服装や髪型も自分で決められるので」。

英文学を勉強するために、大学はイギリスに戻りました。学生寮に暮らし、楽しく過ごしました。大学時代に彼女は人権問題に関心を持ち、社会的なキャンペーンなどに関わりましたが、気になることがありました。「私が関わったキャンペーンでは反対運動が多くて、もう少しポジティブなものがないか探すうちに、ピースボートに出会ったんです」。

2009年、23歳のときにピースボートのボランティア通訳として乗船した彼女は、船の中の「ちょうどいい具合に日本と他の国々がまざった雰囲気」が肌に合ったと言います。

「船の中には本当にいろんなバックグラウンドの人がいて、それぞれの人がみんな自分なりの楽しみ方をしていました。誰かと違っているからといって、仲間外れにされるようなことはありません。日本では他人の目が気になってできないことでも、船では素の自分を出して自由に表現できるようになる。それがあたりまえの環境って素敵だなと思いました」。

また、以前感じていた社会活動への印象も変わります。「船に乗っている人たちの中には、NGOなどでとても前向きな活動をしている人たちがたくさんいました。そういう取り組みがあることを知って、『自分も行動しなきゃ!』って、いい意味で刺激をもらいました」。

大村祐子は現在、通訳ボランティアなどをコーディネートする、ピースボート国際部のスタッフとして活躍しています。

女性同士のカップルでも、自然体でいられる/佐藤愛&寺島徳子

私が多様な世界に出会えた場所・PEACE BOAT佐藤愛(左)と寺島徳子
女性同士のカップル、佐藤愛(31)と寺島徳子(35)は、お互いがピースボートスタッフとして働いていた2013年から付き合い始めました。

佐藤愛は言います。「当時は私がスタッフとして初めて船に乗る前で、不安でいっぱいな状態だったんです。ノコちゃん(寺島の愛称)は、悩んだ時になんでも相談できる一緒にいてとても自然な存在でした。私はこれまでも恋愛対象の性別にはこだわらないタイプだったので、『女性だから』という意識はなく、『素敵な人にめぐり会えた』という感覚です」。

寺島徳子は、30歳を迎えるまでは女性が恋愛対象になるとは考えられませんでした。彼女が女性に対して好きという気持ちを認めることができるようになったのは、ピースボートの同僚に、レズビアンであることをオープンにして、LGBTの権利について積極的に行動をしている女性がいたからです。

「彼女の存在があったから、特別なことじゃないんだと考えられるようになりました。やりがいの持てる仕事があって、多様性を認め合える仲間がいて、愛するパートナーがいる、本当に恵まれていると思います」。

2人は、ピースボートという職場環境では、女性同士のカップルでいることの苦労はまるで感じていません。

「『大変なことは何ですか?』って聞かれてもすごい幸せなので、本当にないんですよ。地元の友だちのほとんどは既婚者で子どもがいます。パートナーが女性だと言っても誰も否定しないけど、『周囲に理解してもらうのが大変そう』と思われることもあります。でも、ピースボートではオープンにしていて、何のストレスもありません。この職場じゃなかったらこんなにスムーズにいかなかったかもしれませんね」と佐藤愛が言います。

でもそれは恋愛に限ったことではありません。佐藤愛は元々、人と足並みをそろえるのが苦手な性格だったと言います。「ピースボートは、クルーズの参加者はもちろんですが、スタッフの働き方もそれぞれが個人個人で違っていて当たり前というすごくフラットな場なので、すごく居心地がいいんです」。

近いうちに仲間うちで結婚パーティを開こうとしている2人は、将来的には、日本でも同性婚が認められるようになってほしいいと願っています。

2016年現在、保育士の資格を持つ佐藤愛はピースボート「子どもの家」のスタッフとして、また寺島徳子は旅行会社ジャパングレイスの社員として働いています。

日本人の友だちは、一人もいなかった/金元明

私が多様な世界に出会えた場所・PEACE BOAT金元明
在日朝鮮人3世の金元明(キン・ウォンミョン/26)は、短大を卒業した20歳の時にピースボートに参加しました。

東京で生まれ育った彼ですが、幼稚園から大学までずっと朝鮮学校に通っていたため、当時は日本人の友人が一人もいませんでした。ピースボートに乗船して、ほとんどの人が日本人という環境は、彼にとってかなり大きな変化でした。

「初めて日本人の友だちができたことに加えて、いろいろな国の人や年配の人とも仲良くなることができたのはすごく刺激になりました。でも、在日コリアンのことは僕が思っていた以上にほとんど知られていませんでした。友だちにはなれても、もう一歩踏み込んだ関係になるには、僕のバックグラウンドについて知ってもらう必要がありました。そこで船で在日についてのイベントを主催しました。企画を通して、みんなは知るきっかけがなかっただけなんだ、ということに気がついて、これからはもっと発信していこうと思うようになりました」。

下船してスタッフになった金元明は、「当初は一方的に在日のことを伝えなければ」という一心でしたが、徐々にその思いは変化していきます。

「世界を回れば、在日と同じような状況にある人たちはたくさんいます。もちろん僕自身も知らないことがいっぱいある。今までは僕の中で在日の問題だけが重要だったのですが、あちこちの人間社会で起きている、マイノリティの問題であることに気がつきました。今では、それを考えてもらうきっかけとして日本には在日の問題があることを知ってもらえたらいいと思うようになりました」。

彼にとってピースボートは、「表面的な友だちづきあいではなく、お互いのことを深く理解し合った上で、つながることができる場所」になっています。

新しい世界とめぐりあう

私が多様な世界に出会えた場所・PEACE BOAT
ここでは3組を紹介しましたが、ピースボートという窓口を通じて出会う国境のない多彩な世界の魅力は、もちろんこれだけで語れりきれるものではありません。

実際にピースボートセンターやイベントに足を伸ばして、ユニークなバックグラウンドや経験を持つ個性的な面々と、出会ってみましょう。

下記のリンク先やおすすめ記事は、ピースボートのプロジェクトの一部です。こうしたプロジェクトを通して、新しい価値観や世界が開かれるかもしれません。

また、ピースボートセンターとうきょうでは、毎週のように多彩なゲストを招いたイベントを開催しています。こちらも参考にしてください。

一人一人のかけがえのない個性を尊重するこの場で、あなたの参加を待っています。
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森田 幸子
森田 幸子
グローバル9条キャンペーン脱原発地雷廃絶キャンペーン(P-MAC)
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