18世紀、ロシアの探検家ベーリングが、白人として初めてこの地に到達。ラッコやオットセイなどの毛皮を狙ったロシア人たちによる侵略が進み、ネイティブの人々による抗議蜂起も、ロシア政府によって武力鎮圧された。
しかし1859年、クリミア戦争の失敗による財政難から、ロシアは米国にアラスカを720万ドルで売却。その30年後に大規模な金山が発見され、アラスカの地はゴールド・ラッシュに沸いた。さらに1968年には油田、天然ガス田が発見され、巨大なパイプラインも建設されている。
一方、ネイティブの人々の土地を奪い、自然を破壊する無秩序な開発に警鐘を鳴らす人も多く、20世紀後半には「アラスカ先住民族保護法」などの法律が制定された。1989年には、スウォードからも近いプリンスウィリアム湾でオイル・タンカーが座礁、石油流出事故が起こっている。
1959年から米国の49番目の州。
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