6月27日
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エルサレムの光と影
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ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地とされ、長い間続く紛争の舞台となってきたエルサレム。その旧市街を散策し、パレスチナの人々が暮らす村を訪問。世界で一番低い場所にあるという塩水湖「死海」での遊泳も楽しんだ。タイトルのとおり、長い歴史を持つ美しい街エルサレムの「光と影」を垣間見た1日だった。
エルサレム旧市街を一望できるオリーブの丘からの光景。中心に見える黄金色に輝く丸屋根が、イスラム教の預言者、ムハンマドが昇天したという伝説をもつ岩のドーム。
ベイト・イッザ村にある、周りを鉄柵に囲まれた家。もともとこのあたりはパレスチナ人の居住区だったが、イスラエル側の嫌がらせに耐えかねて、みなほかの土地へ映ってしまい、今ではこの1軒だけとなってしまった。イスラエル警察の不当逮捕によって、1年のうち半分は家族の誰かが牢獄に入れられているという。この鉄柵も、イスラエル人によって立てられた「嫌がらせ」のひとつだ。
パレスチナ人自治区内にある、イスラエル人入植地。現在もなお入植地は広がりつづけている。入植地に暮らすユダヤ人は、ロシアやアメリカから移住してきた人々が多数を占めるという。
ユダヤ教の聖地、嘆きの壁。かつてこの場所には、ユダヤ教の神殿が建っていたが、西暦70年、ローマ人によって崩壊させられ、唯一残ったのが神殿を囲んでいた西側の外壁だった。神殿崩壊後、ユダヤ人の来訪は年に1度しか許されず、人々はそのたび、帰郷を夢に見つつ祈ったという。夜になると、壁の石にたまった夜露が、壁に生えているヒソプの草を伝って落ちてくる、その様子が、涙を流すユダヤ人の姿と重なって、いつしかここは「嘆きの壁」と呼ばれるようになった。壁の隙者には、人々が悲願を記した紙切れがたくさん挟まっていた。
エルサレム旧市街には、かつて死刑判決を受けたイエス・キリストが、十字架を背負ってゴルゴダの丘まで歩いたという道「ヴィア・ドロローサ」がある。これはその第11留。イエス・キリストは、ここで十字架に両手両足を打ち付けられた。
同じく第12留。磔にされたイエス・キリストの十字架が立てられ、彼が息を引き取ったとされる場所だ。今も十字架を立てたという穴の跡などが残っている。
第13留。聖母マリアがここで息子イエスの亡骸を受け取ったとされている。正面の絵は、マリアがイエスの身体に油を塗っているのを描いた絵。下に塗油台があり、実際にイエスが墓に入る前、ここで油を塗られたという。
第14留。イエスが墓に納められたところであり、ヴィア・ドロローサの終点。現在は聖堂になっていて、礼拝堂の奥にある小さなヘタに墓石が納められている。
ヨルダンとイスラエルにまたがって広がる、地球上でもっとも低い場所にあるという塩水湖「死海」。海抜はマイナス398メートル。この地域は雨が少ない上、強烈な太陽光線によって水がどんどん蒸発していくため、塩分濃度が海水の約10倍にもなっている。そのため、ここに入ると身体が自然とぷかぷか浮いてしまうのだ。水に浮かんだまま新聞を読んだり、バナナを食べたり、みんな思い思いに楽しむ。「泳げない」という参加者からは、「浮いてる!」と感動の声も。
(高橋文)
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