派遣メンバー・伊藤真さんの「エリトリアの印象」
・伊藤 真
(伊藤真の司法試験塾塾長)

司法試験教育に携わって約20年、既存の法曹教育制度に疑問を呈し、弁護士登録を抹消し自ら司法試験塾を立ち上げる。これまで多くの法律家を生み出している、日本法曹教育界の第一人者。

小国エリトリアの「実験」
ごく短期の滞在でほんの少し触れただけでしかないが、エリトリアは新しい「実験」を試みているのだと思う。

日本は戦後、「武力によらない平和」=憲法9条という、国際社会においては非常識ともいえる「実験」を誇りをもって行うはずだった。今回のアメリカでのテロ事件からもわかることだが、世界一の軍事力をもってしても国民を守ることはできない。だからこそ、攻撃されない国をいかにつくるかということが問題になる。世界の平和なくして日本の繁栄もありえないのだから、平和のための壮大な実験を行っていこう、それが日本国憲法の理念である。

他方エリトリアも、人類史上における重要な、そして壮大な「実験」を試みている。宗教や民族の対立を越えて一つの平和な国家をを建設しようとしている。アフリカの地でエリトリアが行おうとしているこの新たな実験は、ひとりエリトリアのみの関心事ではない。この実験が成功するかどうかは、国際社会にとっても非常に重要な意味を持つのである。とはいえ、そう簡単にうまくいくものでもない。異文化を受け入れ、自分と異なるものを認めて、それらと共存していく。様々な困難、障害が伴うプロセスである。まして、エリトリアはまだ独立して10年。試行錯誤することも当然多いはずだ。

日本国憲法においては、「個人の尊重」の理念が基礎にある。これに対してエリトリアでは、独立からこれまで「国」こそが重要なのだとされてきた。が、「改めて『人』の尊さ・重要性に気づかされた」、私が話をしたエリトリアの法律家はそう言っていた。「民族的多様性を認め、各民族間に優劣をつけることなく平等を貫く、それが重要だ」と。民族や宗教に対する配慮はエリトリア新憲法の要となっている。この点が、エリトリアの今後の課題でもあり、特徴でもあるのだ。

実験は決して容易ではないだろう。しかし、憲法の理念を伝えるという仕事に携わっている私としては、是非彼らにはがんばってほしい。「憲法を大切にしたい」「議論を大切にしたい」と言っていた彼らのような法律家が増えていけば、この壮大な実験を続けていくことは可能であると信じている。
自由と安全の国エリトリアの今後
「エリトリアはアフリカで最も安全な国だ」、彼らは言う。「女性でも夜中に一人歩きできる」。法律家のみならず、一般人もが誇らしげにそう語っていた。彼らは、安全・自由というものを戦いの中で勝ち取ってきた。そして今、それを誇りに思っている。だが、その自由・安全な国というものをどこまで維持していけるか。今後問題になってくるのはその点である。

彼らは「ハイジャックやキッドナッピングに関する法律はいらない。そんなものはエリトリアにはないからだ」と言っていた。しかし、外国との交流がさかんになり、エリトリアに外国人が多く入ってくるようになった場合どうだろうか。その中にあっても自由・安全を維持していけるだろうか。長年にわたり安全な国と言われてきた日本も、最近はそうでもなくなってきた。犯罪数は増加し、他方で検挙率は低下してきている。彼らには、このような日本と同じ道を歩んで欲しくはない。

エリトリアにとって、観光は大きな資源となるだろう。その資源を活かすためには、なんといっても安全を維持することが不可欠だ。では、どのように維持していくべきか。やはり人々の善意に頼るだけでは足りず、新しいシステムの構築が必要だろう。そういったことをともに考え、議論していきたい。そして、そうした議論の中から何かを日本に還元していければいいと思う。
エリトリアの可能性
正直なところ、エリトリアに行ってもアフリカだという感じは受けなかった。短期滞在でアスマラの一部を見ただけだということももちろんあるが、むしろ努力をしている一つの国としての印象が強かった。

彼らの中には近代化の度合いがまだまだ日本に追いつけないという意識が非常に強い。が、夏休みに熱心にコンピューターの学校に通い勉強をしている子どもが大勢いた。本屋には宣伝文句として成功哲学を並べ立てた本が置いてある。前向きな姿勢がいたるところで見られる。そして、何よりも子どもたちの元気さ。このような子どもたちを伸ばしていくことができれば、エリトリアは素晴らしい国になることだろう。

いわゆるスラム街といわれる地域も訪れたが、自分の知っているスラム街とは違っていた。もちろん、生活状況は貧しいのだが、すさんだ感じはない。「お金をちょうだい。」と言って寄ってくる子どもたちはいる。が、お金だけが目的ではないようだ。外国から来た私たちにいろいろな興味を示してくれた。こちらとしても、もっと遊んであげたいと思った。今は貧しくとも可能性を感じた。

この可能性を実現するためには、外国で活躍するエリトリア人の果たすべき役割も大きい。外国で金を稼いでくるだけではなく、どれだけエリトリアに戻ってくるか。どのような形でエリトリアの発展に貢献していくことができるか。非常に重要なポイントだろう。
伊藤真の夢
周りからは笑われるが、私の夢は、世界中の子どもたちの笑顔を取り戻すことだ。肌の色や言語、宗教などといったものに違いはあっても、子どもの屈託のない笑顔に違いはない。私はその笑顔が好きだ。子どもたちがあの笑顔のまま生活を続けていけたらどんなにいいだろうか。それを実現するためには自分は何をすべきだろうか。そう考えたところ、まずは日本で、憲法の理念を伝えていくべきだと思い至った。

人間である以上、それぞれの命には最大限の価値がある。生まれてこなければよかった命などないのだということ。そしてさらに、人はみな違って当たり前なのだ、むしろ違うことこそ素晴らしいのだということ。そういったことを小さい頃からもっと教えていくべきだ。そうすれば、いじめも減らすことはできるのではないだろうか。子どもが自分なりの笑顔で笑うことができるのではないか。

もっとも、憲法の理念を伝えるといっても、一度に日本のすべての人を対象にしていくことはできない。そこで、まずは伊藤塾で法律を学ぶ受験生に対してこうした理念を伝えることから始めた。今は市民団体やPTA、学校などでもこうした話しをしているが、多くの子どもたちに伝えられたらと思っている。
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