reporter's eye
バックナンバーVol.2
[ロラに会いにいこう(1)]

この折り鶴を、ロラにプレゼントした。
 フィリピン・マニラから車で約3時間。マパニケという、人口約2000人の小さな村。アジア太平洋戦争の時、日本軍はこの村に侵入、男性は拷問されたり殺されたりし、女性たちはレイプされた、という。彼女たちは、それから実に50年以上たって初めて、そのことを口に出して訴えるようになった――そんなロラ(おばあちゃん)たちに、私たちは、会いにいく。

 現地では、船より先に寄港地に入ってツアーの準備をする「先乗り」というスタッフが、トパーズ号が来るのを待っている。彼らからの情報では、「ロラはかなり弱っています」とあった。「本当に元気なのは、3人ぐらいです」。
 ムリもない。事件のときには9、10歳〜20代そこそこだったロラも、50年以上たって年老いている。「交流」といっても、おとなしめのものになるだろう。私を含め、ツアーリーダーをつとめるスタッフはそう思っていた。そこで、ツアーの行程をお知らせする「分科会」で参加者と相談した結果、彼女たちへのプレゼントとして折り鶴を、交流の道具として福笑いをつくることになった。カンタンで、一緒に遊べるもの、ということで。

 次の日。お昼からつくりはじめた小さな折り鶴は、あっというまに山盛りになった。糸で折り鶴をつなげる人、折り続ける人、福笑いの顔のパーツをつくる人。自分の役割を自分で見つけながら、次第に人も増えていく。いつの間にか、ピースボートセンター前には、他のスタッフもびっくりするほどの人だかりができていた。


 実は最初のうち、ここはみんなに任せて自分の仕事を進めようかなぁ、とも思っていた。年末までにやらなきゃいけないことが、すごくたまっていたからだ。だけど、結局はみんなの輪に加わって、一緒に鶴を折り、糸に通して――午後いっぱいずーっと、そんなことをみんなと一緒にやっていた。子どもの時の話や最近面白かったこと、学校は好きだったかキライだったか、そして好きな食べ物…などなど、マパニケともロラともまったく関係のない、自分たちの会話をしながら。

 12時すぎから始めた折り鶴作成は結局、午後6時になってやっと終わった。だけど今日一日でたくさんの友だちができたし、たくさんの人に名前を覚えてもらった気もする。当日の交流会も、きっとうまくいくと思う――これがあるから、交流準備っていうのは面白い。
 さあ、明日はこの折り鶴を持って、ロラに会いにいこう。
(久野良子)
[ロラに会いにいこう(2)]
 今日、ロラに会った。
 場所は、レッドハウスと呼ばれる木造建物の前だった。この建物は旧日本軍の拠点だったところで、そして、この中にロラたちは閉じこめられて、集団レイプされた。
 すごーく優しく、私たちを抱きしめて出迎えてくれたロラたちだけれど、いっせいに並ぶとやっぱり迫力がある。証言しながら感情が高ぶってくるロラ、それを見て顔を覆い、涙をぬぐうロラ…そんな彼女たちを、私はまっすぐに見すえることができなかった。

 そのあとは村の教会へ。まずはビュッフェ形式の昼食だ。なんだかんだとやっていて食べるのが遅くなってしまった私は、ロラたちと一緒に列に並んで、順番が来るのを待っていた…が、いっこうに食べ物のあるテーブルが近づいてこない。それどころか遠ざかっている気がする。なんでぇ?――よくよくみていると、ロラたちが私の前に入ってきて、どんどん並んでいる。そう、つまり"横入り"されていたのだった。

 教会での交流会には、かわいらしいおそろいの服を着た子どもたちが次々にダンスを見せてくれた。ダンスは延々と続き、それを、ニコニコしながら身を乗りだして見ているロラたち。子どもたちと一緒に踊り出し、拍手喝采だったのは、レッドハウスでいちばん興奮し、涙を流しながら証言したロラ、ベーニャさんだった。
 まちがいなく『孫たちの学芸会を見にきたおばあちゃんたち』の図、に見えた。そんなのどかな、そんなふつうの光景。

 その一方で、ロラたちは確かに年老いている。執拗に私たちに椅子をすすめてくれるロラだけど、いったんしゃがむと、誰かの手を借りずには立ち上がれなかったりする。車椅子のロラも多い。ほとんど"寝たきり"状態なのでは、と思われるロラもいた。それでも、手作りの紫色のドレスを着て、楽しそうに踊るロラもいた。


 「先乗り」として先に現地に入っていたスタッフに聞いたところ、日本に出稼ぎに行く、またはその経験のある若者は、マパニケ村に多いんだそうだ。その日本から40人も、ロラに会いにやってきた今日。
 参加者の誰かがこういっていた。「私たちが、ロラの話を聞く最後の世代になるかもしれない」――そうかもしれない。けれどいま、すでにそうではなくなった、と思う。戦争はなくなっていないし、ロラたちが受けたような暴力もなくなってはいないのだから。
 今日、私たちはすごくつらい話を聞き、また同時にとても楽しい思いもさせてもらった。思い出すのもつらいだろう話を聞かせてくれたロラたちに、本当にお礼をいいたい。そしてこれから、ロラたちが少しでも楽しい気持ちで毎日を過ごせるようなお手伝いができたら、と思っている――またきっと、彼女たちに会いにいこう。
(久野良子)

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