12月7日 ▼ペルー百年史〜移民からフジモリまで〜/ツネシゲ・フクダ(日系移民教会顧問)
ツネシゲ・フクダさんは、日系移民協会の顧問もつとめる、日系二世のペルー人。1996年のペルー日本大使公邸事件では、5日間人質として拘束されていた経験を持つ。今回の講座では、ペルー・日系移民の歴史について語っていただいた。
「明治に入り近代化が進む一方で、高い税金に苦しんでいた日本の農民は、当時、人手不足だったペルーで一旗揚げようと、1899年から移民を開始しました。しかし、ペルーに行くとすぐに難しい状況におちいりました。契約にないサトウキビ農園での仕事、雇い主による酷使、そして、マラリアなどの病気や食料、住宅といった問題に直面しました。さらに、第二次世界大戦では日系人社会の主要な人物がアメリカのキャンプに送られたりと、『黒く塗られたページ』の時代でした。
しかし、日系人の「正直さ」が徐々に評価されるようになり、商売などで成功する者も出てきました。現在は日系以外のペルー人ともよい関係を築いています。そして、私たち自身、『ペルー人』というアイデンティティに誇りを持っています。」
パナマ運河の昨日、今日、明日/上野清士(ジャーナリスト)
中米・グアテマラに6年間暮らし、現在はメキシコ在住のジャーナリスト、上野清士さんにパナマ運河の歴史と現在について語っていただいた。
「コロンブスは大西洋を4度、渡っていますが、3度目までは西インド諸島などの島に着いただけでした。そして、4度目の航海で、ついにアメリカ大陸にたどり着きました。それがパナマです。
パナマでは、国の全人口300万人のうち120万人が、運河に隣接するパナマ市に住んでいます。そのため人々は土地を確保するために多くの熱帯雨林を伐採し、その結果、土地の保水能力が低下してしまい、周りの土砂が、運河やその頂上部分にあるガツン湖に流れ込み、水位が低下してしまうという問題が起こっています。
ガツン湖の水位低下は、運河を通る船の進行を妨げているだけではありません。周辺の人々は、この湖の水を水力発電や生活用水に利用しているので、大きな問題となっています。」
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