第44回ピースボート地球一周クルーズ寄港地インフォメーション
ウシュアイア
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国名
アルゼンチン共和国 (Argentine Republic)

ことば
スペイン語
・解説
image 16世紀からスペインの支配下に。18世紀末から、クリオージョと呼ばれる現地生まれスペイン人を中心に「独立」への動きが始まる。1810年、「本国」スペインがフランスに占領されたことを受け、ブエノスアイレスで「独立」宣言がなされた(五月革命)。1816年には正式独立。19世紀末、ヨーロッパでの人口過剰と、移民受け入れの政策を受けて、スペイン、イタリアなどからの移民が大量移入する。
 20世紀に入ってからは、クーデターや軍政と民政が繰り返される政情不安の時代が続いた。1976年からの軍政時代には、多くの罪なき人々が「反体制派」として処刑、もしくは行方不明となった。1983年、ようやく民政移管が成ったものの、当時政府に連行され、今も生死すら不明のままの人々は数多く、遺族らによる抗議行動が続けられている。

[羊料理]
 パタゴニアでは、食べ物はブエノスアイレスから空輸されてくるものがほとんど。特産のカニなども大半が輸出されてしまうらしく、港町のわりにはシーフードを食べさせる店もあまり多くない。
 そんなパタゴニアの「名物」といえるのは羊料理。マトンのステーキ、シチューなど、さまざまに形を変えて登場する。牛肉のステーキももちろんあるが、どうせならこちらにチャレンジしてみても。

[「世界の最南端」スタンプ]
 ウシュアイアの町には「世界の果て」という名前の博物館がある。かつてここに住んでいた先住民族の文化などを紹介しているのだが、最大の「売り物」はこれ。館内で「世界の最南端に来た」という証明スタンプを押してくれるのだ。友だちに出すはがきや手紙に押して送るのも面白い。

[ペンギンのぬいぐるみ]
 ウシュアイアのお土産屋さんで目をひくものといえば、何といってもこれ。ビーグル水道などに生息するペンギンたちをかたどったぬいぐるみは、とにかくかわいい。友人や家族などへのおみやげだけではなく、「自分用」にもほしくなってしまうかも。

[囚人服]
 19世紀初頭に刑務所が建設され、第二次世界大戦後に閉鎖されるまで、政治犯を中心に数百人の囚人が暮らしていたウシュアイア。当時の監獄をそのまま使用した博物館には、牢屋の中に立つ囚人の蝋人形なんていう、ちょっと悪趣味(?)な展示もある。
 そして、ここの売店で買えるのが「囚人服」。だれでも知っていそうな、シマシマの「あの服」が、お土産として売られているのだ。意外にカワイイ、なんていう声も……。

[ティエラ・デル・フエゴ国立公園と「世界の果て」号/Parqe Nacional de Tierra del Fuego & Tren del Fin del Mundo]
 ティエラ・デル・フエゴは、ウシュアイア市内から東に約キロ行ったところにある、面積6万3000ヘクタールという広大な国立公園。世界でもめずらしいブナの原生林をはじめ、切り立った山々や谷、美しい湖などパタゴニアの雄大な自然に出会うことができる。ビーバーが多数生息していることでも知られ、あちこちに水をせき止めてつくったダム (巣) がある。
 ここでは、SL「世界の果て」号にもぜひ乗車しておきたい。ウシュアイアの監獄に収容されていた囚人たちが建設したことで知られる列車だ。当時は約25キロもの区間を走っていて、囚人たちが切り出した木や、ときには囚人たち自身を乗せるために使われていたという。現在はその一部が観光用に残されていて、オモチャのようなかわいらしい蒸気機関車が走っている。
 また、公園内には北から走ってくる国道3号線の終点にあたる地点があって、「ブエノスアイレスまで3,063キロ、アラスカまで17,848キロ」と書かれた看板が立っている。

[監獄博物館/Ex Presidio]
 多いときには600人を越える数の囚人たちが住んでいたというウシュアイアの監獄をそのまま利用した博物館。2 階建ての監獄の真ん中には狭い通路があって、その両側にずらりと監房が並んでいる。ちょっと薄暗いこともあって、妙にリアルだ。その監房のひとつひとつが展示室になっていて、囚人服を着た囚人の蝋人形が立っていたりする。
 また、同じ建物の中には「船舶博物館」もあって、こちらは大小さまざまの船の模型などの展示を中心に、パタゴニアの歴史を解説するもの。展示はなかなか充実している。

[アルマス広場/Plaza de Armas]
 サンチアゴ旧市街の中心に位置する緑豊かな公園。辺りは建物の密集した賑やかな通りで、噴水と花に囲まれたこの空間は、貴重な市民の憩いの場だ。週末ともなれば、大道芸人や物売りの姿も増え、多くの人で賑わう。
 いっぽう、かつての軍事政権下には、反政府グループによる抗議集会が頻繁に開かれた場所でもある。

[モネダ宮殿/Palacio de la Moneda]
 もともとは国の造幣局として建設され、19世紀後半から大統領府として使われるようになった宮殿。サンチアゴ市街、憲法広場と自由広場の間に建つ。
 1970年のアウグスト・ピノチェトら軍部によるクーデターの際、当時の大統領サルバドール・アジェンデは、この宮殿に閉じこもって最期を遂げた。激しい空爆で宮殿が炎上する中、彼は「アジェンデは降伏しない」と叫び、自らこめかみを打ち抜いたと言われる(他殺説もある)。
[寄港地担当者より]
 ウシュアイアは、子どもの頃大事にしていた小さな宝石箱のような町。青い海、空、氷河、アンデス山系の山々、かわいらしい家々、そして短い夏を謳歌するように咲く花々。どこにでもありそうで、けれどもなかなか出会うことのない、素朴な魅力に満ちた光景でいっぱいの場所なのです。
 町が面するビーグル水道を船で遊覧すれば、アシカや珍しい水鳥にも出会えます。「地球の果て」にやってきたことを実感する、小さいけれど神秘的な魅力に満ちた町――それがウシュアイアなのです。
(渡辺久実)

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