第39回ピースボート地球一周クルーズレポート
シンガポール

国名
シンガポール共和国 (Republic of Singapore)

ことば
英語、中国語 (公用語は北京語)
・解説
 19世紀、イギリス東インド会社の中国との貿易中継地としてイギリスの植民地下に。第二次世界大戦中は日本の支配下におかれ、「昭南島」と改名された。戦後イギリスの直轄植民地となり、1963年、マラヤ、ボルネオなどとともに「マレーシア連邦」として独立。しかし、連邦政府はマレー人優遇政策をとり、華僑の多いシンガポールはこれと対立を深める。65年、連邦を脱退し、シンガポール共和国として独立。リ・クワン・ユー首相が進めた積極的な海外企業誘致、金融市場の育成などにより、「奇跡」ともいわれる経済成長をとげた。「ゴミひとつない」ほどに整備された街並みと、それを実現している「管理国家」ぶりも有名だ。

多民族団地の家庭訪問
 中国系、マレー系、インド系など、さまざまな民族が共に暮らすシンガポール。このコースでは、人口の8割が住み、「多民族共生の実験場」ともいわれている集合住宅を訪れた。今回は三世代同居というマレー系のお宅におじゃま。部屋にはいるなり山ほどのご馳走で迎えられ、広い室内を隅から隅まで案内された。
  その後はお母さんの 指導のもと、「ロッティーキーライ(カレーをかけて食べるクレープ)」づくりにも挑戦。おみやげに持っていった日本のおもちゃに、子どもたちともすっかりうちとけて大満足。それまで知らなかった「素顔のシンガポール」と、そのあたたかさにふれた1日となった。
(湯本美麗)

シンガポール知ってるつもり!?
 シンガポールの歴史を検証しようというこのツアー。現在定住している日本人は4万人、そして数多くの観光客も訪れるこの「ガーデンシティ」の歴史は、あまり知られていないのが現状だ。
  『イメージ・オブ・シンガポール(シンガポール歴史民俗館)』では、シンガポールの歴史をロウ人形にて展示・説明している。特に目を引いたのが、1942年 の日本軍がイギリス軍に降伏を迫るシーンと、1945年の日本軍がイギリス軍に降伏する調印式のシーン。額のシワに至るまで細かく再現してあるので、まるで本物の人間の様に見える。なので、遠い昔と感じがちなこの真実を、現実のものとして受け止め易い。
  写真は1942年、日本軍が行った華僑大虐殺の犠牲者を慰めるため、また、そのような事が二度と起らないようにと建てられた『血債の塔(日本占領時期死難人民記念碑)』。中国人・インド人・マレー人・ユーラシアンを表す4本の柱が、よりそって高くそびえている。その元に、ピースボートからの花を捧げた。案内をして頂いた、日系3世のライ・アキョウさんいわく、どんなに時がたとうとも、シンガポールの人々が受けた傷は、薄れども消えることは無いという。他にも、東南アジア最大の『日本人墓地』や、『林謀盛記念碑』などを訪れた。
  このツアーを通して、今、私達に出来ることは、真実をきちんと見つめ、ひとりひとりが平和を願うことだと改めて感じた。
(関口裕美)

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