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12月10日 ▼地球小学校〜地球の迷い方〜/ゲスト:上野清士(ジャーナリスト)▼ |
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今日の地球小学校は、ゲストに上野清士さんを迎えておこなわれた。上野さんは「地球の歩き方・中米編」の執筆者。会場から出される、中米に関する質問にひとつひとつ、丁寧答えていく。
安全面については、「ガイドブックで危険場所などをあらかじめ確認すること。インターネットを利用するのもよい。ただ、日本外務省の情報はオススメできない。」と答えてくれた。 |
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▼援助で飢える第三世界/田中優(フォーラム2000)▼ |
「援助」といえば「いいこと」というのが人々の共通認識。しかし、水先案内人の田中優さんが、さまざまな実例を交えながら、その内実を語ると、参加者からは「知らなかった…」と驚きの声が上がった。 |
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「援助という美名に隠れたきたないビジネスが横行しているのは、世界的な「常識」です。日本からも援助という形を使いながら、多くの公害を「輸出」している現状があるぐらいですから。
こういった問題には、もちろん原因があるわけで、それが何かを突き止めるのが、私の楽しみのひとつなんです(笑)。例えば、食料援助。これは多くの国々が、社会の基盤ともいえる食料生産を米国の食品会社に牛耳られているから、本来は食料生産国ではない先進国から食料の援助を受けなければならないという矛盾があり、そこで儲けるのは誰かということです。 |
世界には充分な量の食料があるのに飢えている人がいる。この「矛盾の輪」を断ち切るためには、北欧によるODAや民間のフェアトレードが有効なのではないでしょうか。これらの援助というのは、『終わりがある』のが特色で、それは援助とは何かを考えるうえで重要な要素と言えるからです。」 |
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▼救世主の街〜砂漠に生まれた民衆のオアシス〜/ペペ・キスペ(NGO職員)▼ |
スラムに暮らす人たちがノーベル平和賞の候補になる、そんな『不思議』を実現させたNGOがペルーにはある。その団体で活躍するペペさんによる講座が開かれ、いかにしてスラム街で自治が確立されていったかを語っていただいた。かつて首都リマの郊外に広がる砂漠地帯だったビジャ・エルサルバドル(救世主の街という意味をもつ)には、オプショナルツアーでじっさいに訪れた参加者も多く、講座には高い関心が
寄せられた。 |
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「1971年に地方の貧しい人たちが大挙して首都に移動してくるという事態が起こりました。しかし、政府は彼らには、何もない砂漠地帯を与えるだけで、それ以上のことは何も手当てをしませんでした。リマの中心から21キロ離れた場所に移り住んだ人たちは、お互いに協力することで、自らの手で街を創りあげたのです。粗末なむしろ小屋しかなかった街は、今ではあらゆる自治組織が整った人口36万の『都市』になったのです。」 |
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▼怪談話大会▼ |
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企画開始時の参加者は10人程度と小規模だったものの、話をしているうちにぽつりぽつりと増えていき、いつの間にやら参加者は40人弱。そしてついに端の方から「聞こえない!」という声があがり、急きょ場所をミラーバーに変更。ミラーバーの暗い雰囲気の中、マイクを使って怖い話をする。各県に伝わっている話や、自分が体験した話など、みんなの持ちネタは様々。中でもオリビア船内の怖い話が出たときには、みなそれぞれ後ろを振り返ったり、隣の人にしがみついたりして会場は震え上がっていた。 |
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▼埼玉県人集まれ▼ |
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「世界の人とは友達になってるのに、地元の人とは全然交流してないじゃないか!」 と始まったこの企画。10人ほど集まった参加者は、自分が埼玉のどこから来たか、学校はどこかなど、部外者には全く分からない、思いっきりローカルな話で盛り上がった。これを機会に、他の地方でも同じような企画が始まるかも!? |
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