PEACE&GREEN BOAT2007
PEACE&GREEN BOAT > 2007 > 釜山レポート Program Report
韓国で聞くヒロシマ・ナガサキの証言
これは知っとこ
世界で唯一の被爆国と呼ばれる日本。しかし広島・長崎の原爆投下で被爆したのは、日本人だけではありません。原爆で亡くなったという約74万人のうち、約10万人が当時「植民地」だった朝鮮半島から渡った人々でした。終戦後、朝鮮半島に戻ったため被爆者の補償も受けられなかった在韓被爆者たちは、長い間日本政府に対して補償を求めています。
行程
陜川(ハプチョン)原爆被害者福祉会館を訪問、慰霊閣を参拝
原爆被害者福祉会館を見学。大韓赤十字からの活動の紹介
施設の案内映像を鑑賞、原爆被害者の方々の証言
ハラボジ(おじいさん)、ハルモニ(おばあさん)たちの生活館で交流会
レポート

釜山から車で約2時間、陜川(ハプチョン)にある韓国唯一の「原爆被害者福祉会館」を訪れました。

到着してまずは、すでに亡くなられた在韓被爆者を祀った慰霊閣の前で香を上げ、黙祷の時間を持ちました。
証言を聞かせてくださったのは柳永秀(ユ・ヨンス)さん。柳さんは1945年当時、広島の山陽中学1年生でした。電車に乗ろうとしたところに原爆が投下され、電車の下に隠れて死を逃がれ、その後、父や兄弟と一緒に故郷に戻りました。しかしお兄さんは帰ってきた5年後に亡くなり、柳さん自身も病気を患っています。

流暢な日本語で淡々とご自分の経験を語る柳さん。当時の経験談だけではなく、このようなことが二度と起きないようにしなければならない、そして在韓被爆者を含め、日本政府は「過去の清算」をきちんとすべきだ、というメッセージが込められていました。

みんなでダンスと歌をハラボジ・ハルモニの前で披露 !

この日まで船で練習してきた和太鼓の演奏に、大きな拍手をもらいました。

福祉会館では、ハラボジ・ハルモニたちが治療の一環として美術、民芸品などの作品を作っています。完成した作品を展示したり、広島・長崎の同じような福祉施設にも送られるそうです。今回は一緒に柿の葉で染めたというクッションに絵とメッセージを描きました。ハラボジ・ハルモニたちがこれから幸せに過ごしてくださいとの気持ちを込めて、ひとりひとりの名前も入れました。

ただ話を聞くだけでなく、訪問する私たちの気持ちを伝えたい。そんな思いからこの船旅の間に募金活動を行いました。そのために、旅に役立つ日本語・ロシア語・韓国語の会話集を手作りして販売しました。集まった募金は約80万ウォン(約10万円)。このお金はハラボジ・ハルモニたちの生活費などに充てられる予定です。


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