東ティモール元大統領でノーベル平和賞受賞者のラモス=ホルタ氏がピースボートを訪問されました

寄港地エリア:太平洋
東ティモール元大統領でノーベル平和賞受賞者のラモス=ホルタ氏がピースボートを訪問されました
2012年まで東ティモールの大統領を務めたジョゼ・ラモス=ホルタ氏が、1月29日にピースボートセンターを訪れ、ピースボートの活動を応援するメッセージを届けてくださいました。
東ティモールは16世紀以降、ポルトガルの植民地だった地域です。第二次世界大戦中は日本軍の占領を受け、戦後はまたポルトガルの植民地に戻ります。1970年代に独立運動が盛り上がりを見せる中、インドネシア軍に占領され、虐殺事件が起きるなど多くの人々が犠牲となりました。当時、東ティモールの独立運動を担っていたラモス=ホルタ氏は、その事実を国際社会に明らかにし、人権問題を訴えます。1996年には「東ティモールにおける紛争の正当で平和的な解決への尽力」が評価され、ノーベル平和賞を受賞されました。そして2002年の独立後は政治家として、インドネシアと東ティモールの和解に尽力されました。

ピースボートは、独立前から東ティモールで起きている問題に着目。独立の直前に船で訪問し、支援物資を届けるなど、友好関係を築いてきました。

大統領を退任されたラモス=ホルタ氏は現在、国連の平和活動に関するハイレベルパネルの議長を務めています。その任務は、国連による平和維持、紛争予防、そして紛争が起きたときにどのように解決へと導くのかについて、世界各国を回って政治家や学者らと意見交換を行い、年内中に提出される報告書を通してその成果を国連の今後の活動に活かすというものです。ピースボートを訪れたラモス=ホルタ氏は、このように語りました。
東ティモール元大統領でノーベル平和賞受賞者のラモス=ホルタ氏がピースボートを訪問されました(ラモス・ホルタ元大統領と吉岡達也)
「平和構築は国連の力だけではなしえません。皆さん一人一人の力が必要とされているのです。一個人、NGO、そして市民社会が責任を担わなければなりません。そのような意味で、ピースボートが長年やってきたことに対して敬意を評します。一つの国家を変えることはできないかもしれませんが、一つの港に平和のメッセージを伝えることは大きな意義を持っていると思いますので、ぜひ続けていただけたらと思います。いつか私もピースボートの船に乗ってみたいと思っています」

 ラモス=ホルタ氏は、東ティモール独立後、インドネシアと東ティモールの間で何が起こったのかを明らかにしつつ、人々の和解のために尽力しました。ピースボートの吉岡達也は、ラモス=ホルタ氏の経験を、東アジアでも活かせるようつなげていきたいとコメントしました。また、いつかラモス=ホルタ氏とともに、インドネシアや東ティモールの若者たちも船に招きたいと語りました。
東ティモール元大統領でノーベル平和賞受賞者のラモス=ホルタ氏がピースボートを訪問されました※ジョゼ・ラモス=ホルタ元大統領について
最後にラモス=ホルタ氏は、ピースボートの活動の意義についても触れました。

「東ティモールとインドネシアの和解は、政府レベルでも市民レベルでも実現しています。日本を含めた東アジアの国々は、長い間不信感を募らせてきました。この信頼関係を取り戻すためには、ピースボートのような草の根の取り組みも含めて、政府関係者が参加するような、あらゆるレベルの取り組みが必要となってくるでしょう」

1970年代から盛り上がった東ティモール独立運動に参加。インドネシア政府から激しい弾圧を受ける中、独立運動の外交を行うリーダーとして、国連など国際社会に人権状況などを訴えました。そして、東ティモールでの紛争を平和的解決に導くよう尽力したとして、1996年にノーベル平和賞を受賞しています。2002年に東ティモールが独立した後は、外務大臣などを歴任。2007年〜2012年には、東ティモールの第二代大統領を務めました。在任中の2008年には暗殺未遂事件で重傷を負ったものの、手術を受けて回復。2013年から国連のアフリカ西部ギニアビサウ問題を担当する事務総長特別代表を務めました。現在は、国連事務総長のイニシアチブである「平和活動に関するハイレベル独立パネル」の議長を務めています。

ピースボートについて
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小林 深吾
小林 深吾
地球大学災害救援と防災核廃絶
世界が少しでも、よりよくなるように。目の前の人を大切にしながら、柔らかく生きたい