核兵器の廃絶へ、思いを届ける・第100回ピースボートが神戸港に帰港しました

核兵器の廃絶へ、思いを届ける・第100回ピースボートが神戸港に帰港しました
4月1日、第100回ピースボート地球一周の船旅が、96日間の旅を終え神戸港へ帰港しました。帰港記者会見ではクルーズで実施されたおりづるプロジェクトの報告が行われました。今回のクルーズでは、在ブラジル被爆者の渡辺淳子さんがリオデジャネイロ(ブラジル)から神戸まで乗船、そしておりづるユース特使として森山景さんが地球一周しました。証言活動はブラジルから行われ、6か国7都市で政府関係者や外務省、大臣と面会をしてきました。さらに、船内で行われた被爆体験の継承を目指す「おりづるピースガイド」養成講座では、16名の方が修了されています。以下に記者会見の内容をご紹介します。

記憶がなくとも、粘り強く伝えていく/渡辺淳子さん(広島で2歳の時に被爆)

核兵器の廃絶へ、思いを届ける・第100回ピースボートが神戸港に帰港しました渡辺淳子さん
私はブラジルに住んでおり、ピースボートからの要請がありリオデジャネイロから乗船しました。
今回寄港地でたくさんの政府関係者や大臣、市長さんに会って被爆証言をしました。

私自身は実際の被爆の記憶の無い被爆者であります。被爆者自身が口で語る証言がだんだん無くなってきています。被爆者の1人として私も語り継いでいかないといけないと思っています。私が被爆者から受け取った被爆証言の悲惨さ、その人たちがどんな目にあったか、どんな状況だったかという被爆の実相を聞き、私は心からその人たちの証言を聞き私が受けた衝撃や感情をそのまま皆さまに被爆証言として語るということをしています。

今回、寄港地でたくさんの人々にあった時、核兵器禁止条約に署名はしても批准をしない国もありました。政府のいろんな関係で批准までいかないのはもどかしいところだなと感じました。しかし、政府関係者と直接会って話をしていく中で核兵器はなくさなきゃいけないという気持ちは受け取りました。粘り強く、核兵器をなくし、放射能はいけないということを伝えていく必要があると思っています。

寄港地ではパペーテ(タヒチ)とアピア(サモア)に寄港した際にきれいな海を見ました。ここが水爆実験が行われた場所だったと思えないくらいきれいな海でした。そこで現地の人たちが放射能被害で苦しんでいる姿を見て、私が被爆者として74年受けた苦しみと同じ苦しみをもって生きている彼らの姿を改めて知りました。核はいけない、放射能は人間や土地や国を壊していくということを、身をもって、グローバルヒバクシャの方々の体験を持って感じました。

船内ではたくさんの世代や国の人たちと一緒に航海をしました。いろんな方から名前を呼ばれ、被爆者としての私の立場を、記憶がなくても被爆者の想いを届けていけないと強く思いました。

被爆者の平均年齢は84歳になりつつあります。被爆者が語れない時代になった時までに次の世代に語り継いでいかなければいけないと思っています。ピースボートの継承をテーマにしている「おりづるピースガイド養成講座」はたくさんの方が受講をし、若い人たちも受けてくれました。

核の問題・原発などのいろんな問題を一緒に考えていき平和な世界を作ることにまい進していきたいとおもっています。

歴史を学び続け、国境を越えて対話し続けるのが大事/森山景さん(おりづるユース)

核兵器の廃絶へ、思いを届ける・第100回ピースボートが神戸港に帰港しました森山景さん
私のふるさとの広島は太平洋戦争で原爆の被害に遭い、母方の祖父が被爆しました。祖父は長いことそのことを話したがりませんでした。しかし私が高校生のころから少しずつ話をしてくれるようになりました。

当時彼は被害にあった際にすごい吐き気に襲われて、真っ黒な血を吐き出したそうです。おそらく放射能を吐き出したのだと思います。だから今も生きています。毎朝学校に行くときに「いってかえってきなさい」と言ってくれました。それは彼の家族が原爆のせいで帰らぬ人になったからです。

私は今25歳です。これまでに出会ってきた大人や本や芸術から平和の大切さを学んでいきました。そして被爆者を継承する若者としてピースボートに乗りました。

私は船で原爆・原発をテーマに演劇を上映しました。出演者とスタッフは船で出会った幅広い友人たちです。韓国出身の被爆3世の女性、福島のことに一緒に関わりたいと言ってくれた人、高校教師を目指している人などのべ600人が関わってくれました。船内で、15%の人が動けば社会は変わるということを教えてもらいました。演劇を通して多少は人の気持ちを動かすことが出来たのではないかと思います。そしてこれば希望なのではないかと思います。

ウルグアイ(モンテビデオ)で副大統領のルシア・トポランスキーさんに出会いました。ピースボートに向けた応援のメッセ―ジとして、「ウルグアイは風の強い国なので再生エネルギーに力を入れている。核は誰のためにもなりません。ウルグアイは核に反対し続けます。」と話をしていました。この言葉と出会いに私は感動し勇気づけられました。

今回寄港した南アフリカやウルグアイ、サモアなどの国々はいち早く批准をし核兵器を破棄しています。日本にとって大切なロールモデルだと思います。

放射能は目に見えず匂いもしない、そのまま環境も身体も壊してしまう。被爆の実態は世界中で隠され過ちを繰り返してきました。日本は2011年福島の原発事故で起きた放射能の被害にも適正に処理できていないと思っています。

これから先の時代に核を引き継いではいけません。世界中の被爆者がもうこれ以上苦しまないように社会を変えていきたいです。今クルーズで実感したこととして歴史を学び続けること、国境を越えて対話をし続けること、被爆の現状を世界中の人々に伝えることが大切だと思います。

私は核のない持続可能な社会を作っていき大切な命を守っていきたい。隣にいる人と手を繋いでいきたいと思います。

メディア報道

帰港記者会見の様子は、以下のメディアで報道されました。

2019年4月2日 朝日新聞「ピースボートが100回目航海終了 被爆体験、世界で証言」

おりづるプロジェクトの報告書はこちら

第100回ピースボートにおけるおりづるプロジェクトの報告書はこちらからダウンロードできます。

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