東ティモール元大統領ラモス・ホルタ氏が乗船!独立への苦難の道と和解

プロジェクト:歴史と和解 寄港地エリア:アジア クルーズ: 第97回 地球一周の船旅
東ティモール元大統領ラモス・ホルタ氏が乗船!独立への苦難の道と和解東チモールから出港する際に、ディリの海岸線をバックにスピーチするラモス・ホルタ氏(©水本俊也)
ここでは、第97回ピースボート・アジアグランドクルーズに乗船された東ティモールの元大統領、ホセ・ラモス・ホルタ氏の洋上講座を紹介します。ラモス・ホルタ氏は、東ティモール独立運動の指導者として、ノーベル平和賞も受賞されています。クルーズでは、ディリ(東ティモール)からバリ(インドネシア)まで乗船され、アジアで最も新しい独立国家である東ティモールの厳しい歴史と、独立運動について熱心に語っていただきました。

植民地から軍事占領へ−東ティモールの苦難とともに

東ティモール元大統領ラモス・ホルタ氏が乗船!独立への苦難の道と和解参加者に平和のメッセージを届ける(©水本俊也)
歴史上、長らくポルトガルの植民地だった東ティモールは、第二次世界大戦中は日本軍の占領を受けました。

ラモス・ホルタ氏がディリに生まれたのは、終戦後、再びポルトガルの支配下に入り、しばらく経った1949年のことです。

若くして独立運動の中心メンバーとなっていたラモス・ホルタ氏は、宗主国であるポルトガルによって、アフリカのモザンビークなどにたびたび追放されています。

帰国後の1974年には、ポルトガル本国が民主化され植民地政策の撤退を決めます。そこで、76年には東ティモールの人々が望む独立が宣言されました。

ところが、わずか数日後に隣国のインドネシア軍が侵攻、強制的に併合されてしまいました。

当時26歳だったラモス・ホルタ氏は、オースオラリアへと亡命し、その後24年間に渡って、東ティモールの現状と独立の必要性を国際社会に訴えるスポークスマンとして活動することになります。

その間、1991年にはインドネシア軍がデモ隊に発砲して多数の犠牲者が出るサンタ・クルス事件も起きています。

インドネシアの支配下では、こうした虐殺や弾圧によって、20万人もの東ティモールの人々が犠牲になったとされています。


21世紀初の独立国に

東ティモール元大統領ラモス・ホルタ氏が乗船!独立への苦難の道と和解沖縄出身の若者から質問を受ける場面も(©水本俊也)
ラモス・ホルタ氏は、1996年に東ティモール紛争の平和的な解決を求めて尽力したことによって、カルロス・ヒメネス・ベロ司教とともに、ノーベル平和賞を受賞しました。

1999年には、インドネシアとの和平協議が行われることになります。協議に参加するため、ラモス・ホルタ氏は24年ぶりに帰国することになります。

その後、国連の後押しの元で会議を重ね、2002年、ついに東ティモールは独立を果たしました。21世紀に初めて誕生した独立国家となったのです。

東ティモールでは、西部と東部との格差や高い失業率をめぐって独立後も混乱が続きましたが、現在は政情や治安は比較的安定してきています。

ラモス・ホルタ氏は、東ティモール国家初の外務大臣となり、首相を経験した後、2007年から2012年まで大統領を務めます。

任期中の2008年には、武装勢力の襲撃を受けて重症を負いましたが、それでも任期を全うしました。大統領退任後は、国連で特別職に就任しています。

紛争後の社会に和解をもたらすために

東ティモール元大統領ラモス・ホルタ氏が乗船!独立への苦難の道と和解操舵室で船長から航海の話を聞く(©水本俊也)
ラモス・ホルタ氏は、「ピースボートを創設し、世界中に平和と協調を届ける旅をずっと続けてこられた皆さんに、敬意を表します」とコメントしました。

彼が洋上講座を通じて強調し続けたのは、平和の実現を信じて、辛抱強く行動を起こし続けることの重要性です。

ホルタ氏と彼の独立派の仲間たちは、東ティモールがインドネシアの統治下にある期間に、東ティモール市民に呼びかけ続けていたことがあります。

それは、「暴力的なインドネシア軍と、一般のインドネシア人とを分けて考えること」でした。それにより占領が終わった後、平和を構築することができたのです。

忘れない、でも憎まない

東ティモール元大統領ラモス・ホルタ氏が乗船!独立への苦難の道と和解(©水本俊也)
このような独立派の取り組みは、かつてアパルトヘイト政策を克服した南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ氏が率いた和解への動きとよく似ています。

現在の東ティモール政府は、国際社会との関係強化を進めながら、国内のインフラ整備や教育制度の充実を図っています。復興を進めていくためには、隣国となったインドネシアとの関係改善が求められています。

ホルタ氏は、「そのためにインドネシアの過去を許す心が大事」と語ります。「『忘れてください、』とは言えませんが、『憎まないでください』とは言えます。過去の不正にいつまでも自らを囚われの身に置いておくことはできません。私たちがインドネシアに友情の手を差し伸べた時、彼らは振り向いてそれを受け入れたのですから」。

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