【interview】中東問題は遠くない–中東ジャーナリスト川上泰徳さんに聞く(1)

プロジェクト:パレスチナ・中東 寄港地エリア:中東
関連キーワード:
移民・難民 紛争
【interview】中東問題は遠くない–中東ジャーナリスト川上泰徳さんに聞く(1)川上泰徳さん(エルサレム旧市街にて)
難民問題やイスラム国(IS)など、世界を揺るがす中東情勢はこれからどうなるのか?第88回ピースボートにも水先案内人として乗船された、中東ジャーナリストの川上泰徳さんにインタビューを行いました。その内容を3回にわたってお届けします。第1回となる今回は、川上さんが中東に興味を抱いた背景や、遠い存在に感じてしまうアラブやイスラムを、どう捉えたらいいかについてお聞きしています。

中東の人の顔が見えるように伝える

【interview】中東問題は遠くない–中東ジャーナリスト川上泰徳さんに聞く(1)ピースボート船上で講義をする川上さん
※川上泰徳さんは、朝日新聞の中東特派員などとして、長年にわたって取材を続けてこられました。パレスチナ紛争、イラク戦争、アラブの春などの現場を取材。2014年に退職後は、フリーのジャーナリストとしてエジプトに拠点を置き、取材活動を続けています。

編集部:ピースボートに水先案内人として初乗船いただき、ありがとうございました。第88回ピースボートでは、中東区間で5回の連続講義をしていただきました。印象に残っている事は何でしょうか?

川上:船上では、イスラムとは何か?といったテーマからシリア難民問題、パレスチナ問題、そしてイラク戦争やアラブの春、イスラム国の話まで一通り話しました。ジャーナリストとして現場を踏んだ経験をもとに、その実感を伝えるよう心がけました。

普段ぼくが書く記事では、何が起きたかについて書いても、取材の過程で自分がどう感じたかについては書きません。でも、今回はあえて取材者としての実感を込めて語ることで、中東に住んでいる人の顔が見えるようになればと思っていました。

一般の方にとって中東は遠い存在で、いつも戦争やテロが起きている所だと考えられています。でもぼくが取材した現地の人たちの話を伝えたことで、「初めて中東の人に親近感を持った」というような反響をいただきました。

単発ではなく連続で講座ができたことで、自分なりに現地の事を伝えられたのはよかったです。

アラブから世界を見る視点

編集部:川上さんは現在、一年のうち日本に半年、エジプト(アレクサンドリア)に半年という生活をされています。中東を取材し続け、新聞社を辞めてからも中東に住み続ける人は珍しいと思いますが、アラブやイスラムに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

川上:ぼくは高校生のころ文学少年で、フランス文学をよく読んでいました。中でも『異邦人』で有名な作家のアルベール・カミュが大好きでした。

カミュはフランスの植民地だったアルジェリア出身のフランス人で、彼の小説にはアルジェリア人がたびたび登場していました。そのため、ぼくはカミュの世界の裏側にあるアラビア語とか中東というものに興味を持つようになっていったんです。
 
大学は大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)に入学し、フランス語ではなくアラビア語を選びました。そして大学4年のときには、エジプトのカイロ大学に留学します。

卒論は、18世紀末に起きたフランスのナポレオンによるエジプト占領を、エジプトの側から考察するもので、エジプトの民族運動がテーマでした。

当時のエジプトは、マムルークという奴隷出身の軍人たちがエジプト人を支配していました。そのマムルーク軍を打ち破ったフランス軍としては「エジプトを解放してあげた」という認識だったんです。

でもアラブの視点から見ると、フランス軍は侵略者でしかありません。そこからエジプトで初めての抵抗運動が起きました。その抵抗運動をフランス軍が鎮圧する過程で、アレクサンドリアなどで虐殺を起こしています。

外から来た軍隊に対して抵抗が起きるのは当たり前ですが、フランス軍には「自分たちが侵略者である」という認識が抜け落ちていました。その「アラブから見た欧米」という視点は、現在の中東と欧米の関係を考える上でとても重要なテーマになっています。

フランス文学に興味を持ったところから偶然アラビア語の世界に入り、それが「アラブの側から世界を見る」ということにつながったというわけです。

解放者か?侵略者か?

【interview】中東問題は遠くない–中東ジャーナリスト川上泰徳さんに聞く(1)米軍の包囲攻撃を受けたファルージャの破壊の跡=2004年5月(撮影:川上泰徳)
編集部:欧米とアラブの関わりは、私たちは欧米の側から見ることに慣れすぎているのかもしれませんね。お聞きしていて、イラク戦争の際の米軍は、まさにナポレオンのフランス軍と同じだと感じました。

川上:まったくその通りで、米軍もサダム・フセインを倒したことで解放者のつもりで占領を始めました。しかし民衆を犠牲にする事で侵略軍とみなされ、抵抗運動が起こりました。「対テロ戦争」という名目で軍事作戦をすると必ず民衆が犠牲になります。だから反発される。

2004年にぼくが取材したファルージャという町でもそうでした。反米武装勢力がいるということで、米軍が包囲して猛攻撃する。それによって700人くらい犠牲になりましたが、そのほとんどが民間人でした。

暮らしの中のイスラム

編集部:アラブやイスラム、中東についての話は、日本に住む人にはいろいろな意味で遠く感じているように思います。川上さんは中東と日本を行き来するジャーナリストとして、どのように橋渡しをしようとお考えですか?

川上:イスラムというのは、中東では生活の中に根付いているものです。日本でイスラムのことを知りたいと思っても、たいていの情報はイスラム教の教えとか知識の話なので、なかなか身近になりません。

もっと人間関係とか社会生活に身近なことから入った方が、親近感がわきやすいと思います。だからぼくは、イスラム社会では生活の中でどういうふうに宗教が活かされているのかについて伝えようと考えて『イスラムを生きる人々』という本を出版しました。

イスラムというのは宗教として生活とは別の枠組みにあるわけではなく、社会的なルールとして頻繁に活用されています。結婚や離婚を含めて、日々の生活とつながっている。

家庭や社会でさまざまな問題があると、人々は宗教者に相談して、アドバイスを求めます。喧嘩が起きた際にも、イスラムの教えに基づいて和解する。ある種の人生相談です。イスラムというのは、人々の生活に指針とルールを与えている存在なんですね。

大切なのは、「イスラム教」を理解するのではなく、社会を理解するということです。その中に問題解決としてのイスラムの考え方が入ってくる。

ぼくはそういうことを具体的な生活レベルで伝えたいと思っています。一人一人の暮らしや悩み、その中でイスラムがどう活かされているのかがわかれば、日本の人にも共感してもらえると思っています。

ジャーナリズムの役割は人をつなげること

【interview】中東問題は遠くない–中東ジャーナリスト川上泰徳さんに聞く(1)川上さんの新刊『中東の現場を歩く:激動20年の取材のディテール』
編集部:難民や戦争についても、同じような事が言えるでしょうか?

川上:はい。シリア難民の話でも、「ヨーロッパに100万人が押し寄せている」と言うだけではよくわかりません。日本にいる人は、何でそんなに危ない密航をするのかと疑問に思うでしょう。でも密航をしている人たちは、かなりの部分が家族連れです。

難民キャンプにいる家族は、一時的な生活を何年も続けるわけにはいきません。小さい子どもを抱えた親は、子どもの将来が心配だから命がけで海を渡る。親が子どもの将来について思う気持ちは、日本人と同じです。

避難しているのはぼくたちと変わらない、ごく普通の人たちです。現場で話を聞くと、同じ状況になったら自分も同じことをするだろうと感じました。

実は日本の人だって、同じような体験をいくらでもしています。東日本大震災によって、生活の場を離れなければならなくなった人たちが大勢います。そのような「生活の基盤をどうするのか」という問題だととらえれば、難民問題も他人事とは思えなくなります。

確かに自分と切り離そうと思えばいくらでも切り離せますが、想像力を働かせれば、ぼくたちの身近な体験とつながってくる。そこにジャーナリズムの役割があると思います。

ジャーナリズムとは、情報を介して人と人とをつなげるということです。例えば、テロ事件が起きて100人が犠牲になった。

もちろんそういう記事は必要ですが、数だけで処理して「何人死にました」と伝えるだけでは、それを見た日本の人は「中東は恐いね」で終わってしまいます。

情報は人を切り離すこともできるし、つなげることもできます。その問題を自分ごととしてとらえてもらえるかどうかという点で、ジャーナリストの果たす役割はものすごく大きい。

ぼくはジャーナリストの一人として、自分が現場で実感したことを共感してもらえるように、事件の背景にあるものを伝え続けていきたいと思っています。
※川上泰徳さんの2016年最新刊『中東の現場を歩く:激動20年の取材のディテール』についてはこちらをご覧ください。

インフォメーション

ピースボートの活動
PROJECTS