グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(GTC)コーディネーター、武田緑さんに聞く「これからの教育者に必要な力」(2)

寄港地エリア:アジア クルーズ: 第92回 地球一周の船旅
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グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(GTC)コーディネーター、武田緑さんに聞く「これからの教育者に必要な力」(2)年間1000万人以上の人が訪れるシンガポール
「世界中の教育現場を見て、子どもの未来について熱い想いを持った人に、教育界で活躍してほしい!」。そんな情熱から、国際NGOピースボートと教育NPOコアプラスがタッグを組み、新たな試みを始めます。その名も「グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(GTC)」。本インタビューでは、そのコーディネーターとして乗船する武田緑(たけだみどり)さんに話を伺います。聞き手は、洋上のモンテッソーリ保育園「ピースボート子どもの家」スタッフの小野寺愛(おのでらあい)です。

世界が注目、シンガポールの最先端教育

グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(GTC)コーディネーター、武田緑さんに聞く「これからの教育者に必要な力」(2)多民族国家のシンガポール
小野寺:グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(以下GTC)では、洋上でのトレーニングプログラムと寄港地での教育現場視察が2本柱になっていますね。インタビュー前編では、そのプログラム内容をご紹介いただきました。

本編では、寄港地の見どころを紹介していただくのにあわせて、「これからの教育者に必要な力」についてさらに掘り下げることができたらと考えています。さっそくですが、武田さん。まず船旅の序盤に訪れるシンガポール。ここに注目した理由を教えてください。

武田:シンガポールとフィンランドはどちらもPISA(*1)の上位国。どちらも、国際的な学力テストで評価されている国ですが、学校教育のスタイルはかなり違っていて、比較して見ると面白いと思っています。

シンガポールには、いま「子どもの教育のために」と世界中から移住する親子があとをたちません。理由は、中国語と英語のバイリンガルになることができる言語環境と、多民族国家ゆえの多様性に富んだ環境にあるようです。

小野寺: 教育のスタイルは、どんな雰囲気なのでしょうか。

武田:日本が今まさに行っている改革の先に見ているものに近いですね。今までの暗記する、つまり正解を覚える方式とは違って、アクティブ・ラーニング(*2)、つまり自分の頭で考えて他者とコミュニケーションを取りながら学ぶというものです。

小野寺: いわゆる「グローバル人材の育成」方向に転換しているのですね。

武田:はい。そう言えます。ICT教育(*3)も盛んです。一方で競争させて選別するというところは続けていて、日本よりも受験競争は激しいです 。エリートコースなのか職業人になるコースなのか、最初の分岐点になる統一テストは小学校の最終年と、とても早い段階であります。

小さな国なので高校名を聞けばレベルが分かってしまう。私の友人のシンガポール人は「30歳を過ぎても高校名で判断される...」とぼやいていました。

※1 PISA: OECD(経済協力開発機構)加盟国を中心に3年ごとに実施される15歳児の学習到達度調査。主に読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーなどを測定する。

※2 アクティブ・ラーニング: 教員による一方向的な講義形式の教育ではなく、子どもの能動的な学修への参加を取り入れ た教授・学習法の総称。グループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークなどは、有効なアクティブ・ラーニングの方法である。

※3 ICT教育:情報通信技術(ICT)の利用・活用方法を教育の一環として取り入れた教育。

広がる教育格差の中、どの学校でもバイリンガル環境とICT教育は当たり前

小野寺:小学校低学年からプログラミングを学び、ロボット作りや3Dプリンティングにも取り組むと聞きました。金融教育や起業家教育にも熱心で、ディベート技術やプレゼン能力も、世界でも屈指の専門家から学んでいる学校もあると。

武田:シンガポールで教員をしていて、その後、沖縄で教員になった友人がいます。どの学校もそうだというわけではないので、彼女は教育格差が広がりつつあることを心配していました。そして、「シンガポールと日本はどちらも受験社会。でも、基本的な言語とICT環境の違いは圧倒的だ」と話していました。

小野寺:どういうことでしょうか。

武田:たとえば、日本では高校生になっても英語を使うことに躊躇することに驚いた、と。シンガポールでは、幼稚園からバイリンガル教育です。教育の言語は基本的には英語なので、どの子どもも母語に加えて英語を使うバイリンガルに育つのが当たり前です。英語は学ぶ対象ではなく、ツールなんですね。

また、シンガポールでは物理の時間に粒子を見ることができるアプリを使ったりとICTを駆使していたのに、日本では子どもの発表にパワーポイントさえ使わせない、と。「使えて当たり前」の基本的なICTツールを、日本では与えてもいなかったことに驚いていました。

一方、彼女自身、なぜ沖縄にきたかと言えば、 自分の受けた教育に感謝しつつも、 行き過ぎた早期教育に嫌気がさしたからでもあると話していましたが。

日本で生かせるか生かせないかは、自分次第

グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(GTC)コーディネーター、武田緑さんに聞く「これからの教育者に必要な力」(2)コミュニケーションをとりながら学ぶ
小野寺:どちらがいいか、まだ答えはないのかもしれませんね。それでも、日本の学校教育にこれから関わる人が、日本とは大きく異なるシンガポールの教育を見ておくことには意味がある、と。

武田:意義はとても強く感じています。ただ、私も、そもそも外国が「よい教育をしているから見に行こう」と思っているわけではないんです。何を見ても、日本で生かせるか生かせないかは本人次第。「コアプラス」でも、普段から国内外の教育視察を行なっていますが、その時も同じです。

小野寺: 「いいもの」を見せに行く、というよりは、「多様な教育」を知るための視察なのですね。

武田:はい。普段自分が身を置いているのと違う現場を訪ねることそのものに、意味がある。自分が知っている教育と違うもの、自分の当たり前の外側にある現場を見に行くことによって、多様性を鏡にして「自分を見る」ことができます。そのために、とことん「多様な教育」を提示したいと考えています。

小野寺:シンガポールの教育を見ても、いいと思う人、違和感を得る人、どちらもいますよね。

武田: それでいい。むしろそのほうがお互いに学びがあっていいんです。「どこがいいと思ったの?どこにモヤッとしたの?」と語り合う。そうすることで、それぞれの大切にしている価値観や、逆に囚われている固定観念に気づくことができます。対話をするための刺激として現場を見に行きます。

小野寺:武田さん個人としては、シンガポールの教育、どう感じていますか?

武田:今回、現地で教員として働く方々と語り合うことをとても楽しみにしていますが、個人的には「シンガポールこそが答えだ!」とは思っていません。そもそも、各国で文化も歴史も違う中で、PISA(*1)の評価尺度で教育の価値観が統一されてしまうことは、本当にいいことなのか?そういう問題提起もしてみたいと感じています。

「アクティブ・ラーニング」の時代

小野寺:日本では今、いかにして国際競争力を維持するか、いかに「アクティブ・ラーニング」を導入するかで、議論が活発な現状です。

武田:はい。「(一方的な伝達でなく)能動的な学習に切り替えよ」と、強いトーンで現場に下りてきていて、現場の先生たちの関心や焦りも高まっています。でも、文科省が用意した文章だけ読んでも「アクティブ・ラーニングって何なのか?」というのが理解しにくいところがあるんですね。

「グループワークやディスカッションを取り入れればそれでいいのか?」というような問題もあります。まだまだ「上から下りてきたけど、どうしたらいいの?」という先生も少なくない状況です。

小野寺:子どもにとっては、一方的に先生の話を聞いているよりは、楽しくなるような気がするけれど。

武田:そうですね。コミュニケーションをとりながら学ぶ、ということがマッチする子は多いと思います。また、聞いて書いて覚えて、テストでアウトプットするというだけの学びは、正解のないこれからの時代には合わないという面も確かにありますよね。

小野寺: アクティブ・ラーニングの導入に、 懸念はありますか?

武田:学びの形式が見た目にアクティブでも、学び手の内面がアクティブかどうかは別の問題かなとは思います。一斉指導だったら、気持ちが乗らなかったり、この考え方は自分は違うと思う、という時は、その学びを拒否することもできるじゃないですか。

つまり、頭の中は他のことを考えながら聞き流すこともできる。でも、ディベートやグループワークだと、ある意味、強制が強まるから、しんどい子はしんどいかもしれませんよね。

小野寺:確かに、講演を聴いていたって、脳内がアクティブになることはあるわけで。

武田:そうです。先生が、一見おとなしく見える子でも考えていないわけではない、というようなことを自覚してやらないと、より多様性が排除されてしまう可能性もある。人と関わり合いながら学ぶとか、自分の考えていることを発信して、他者からフィードバックを得る経験は、間違いなくいいことだと思うのですが。

小野寺: 難しいですね・・・。そんな中、今から教育を志す人が意識できることは、なんでしょうか?

武田:大切なのは「アクティブ・ラーニングってなんだろうね」「どうやっていけばいいんだろう」という議論を現場の先生たちが職員室ですることだと思います。今回は文科省も意図的に、よくわからない言葉をポンと投げているような気もする。

学ぶことは、人生を楽しむこと

グローバル・ティーチャーズ・カレッジ(GTC)コーディネーター、武田緑さんに聞く「これからの教育者に必要な力」(2)フォルケホイスコーレ。学校によって行われる授業もさまざま
小野寺:教育についての議論を聞いていると、何を教えるか、どう学ぶかの手法論が多い。その大前提としての豊かな原体験や身体性の大切さについての議論が抜けているように感じることがあります。

でも、学びは、脳内だけで行うものではないですよね。小さな頃から自分で試行錯誤し、自由に遊ぶ豊かな体験を、身体的に積み重ねる。それがあって初めて、物事の成り立ちがスッと入っていくのではないかと思っています。

武田:同感です。確かに、その部分は軽視されていますよね。私はそれを、デンマークに行ったときに感じました。

日本では学ぶということは「キャリアアップのため」「将来の選択肢を広げるため」というように「役に立つからやること」という側面が強いと思います。実益、もっと率直にいうと、より多くお金を稼げるようになるために学ぶんだという。

一方、デンマークで現地の人たちと話して感じたのは、彼らにとって学ぶということはもっと「人生を楽しむためにやること」 なのだな、ということです。遊びと学びの境目も非常にグレーで。将来よりも、「いま・ここ」が充実していることが重視されていました。

小野寺:現地にある、18歳以上であれば誰でも学べる寮制の生涯学習施設・フォルケホイスコーレ(*4)は、そんな彼ららしい学びの場ですね。

武田: そうですね。フォルケホイスコーレでは、勉強してもなんの資格も得ることができません。学歴にもなりません。「それ、なんの役に立つの?」という問いに明確な答えはないけれど、でも学生は生き生きと、とてもいい顔をして学んでいました。

障害を持つ若者が通うユーススクールでは、校長先生が「障がいを持つ彼らにだって、当たり前に ”若者時代を満喫する” 権利がある。私たちのミッションはそれをサポートすること」とおっしゃっていました。

「なぜそんなに “いま・ここ” の充実を優先できるの?」という参加者の質問には、「それが結果として将来生きる糧になるから」ときっぱりと答えられました。

小野寺:日本の教育現場ではどうなのでしょう?先生も、親も、そんな風にきっぱりと、子どもの “いま・ここ” の充実を守ることができているでしょうか?

武田:「説明責任を果たさねばならない」ということで、年々現場への縛りがきつくなっていると感じます。「それなんの役に立つの?」という質問に答えられる実践しかしにくくなってきている。言葉で説明しにくいものの中に豊かさがあることも多いと思うので、とてももったいないと思います。

「役に立つか立たないか」も大事だとは思いますが、私たち大人がもう一つ、それとは別の物差しを持つことができれば、そのほうがむしろ、子どもたちの「生きる力」や「心の体力」は伸びていくように思えてなりません。

小野寺:何よりも大事な「生きる力」と「心の体力」のために、大人たちに新しい物差しが必要な時代ですね。

最終回となる次回、後編では、「子どもの幸福度世界一」の国、オランダの教育事情をお伺いします。

※4 フォルケホイスコーレ: 北欧全土に広がる独特の成人教育機関。通常の公教育から独立し影響を受けない私立学校群。人文科学系、芸術・デザイン、体育スポーツを中心として、さまざまなことを学ぶことができる。 入学試験も成績表も卒業資格もない。

<後編に続く>

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人はなぜ旅をするのか
伊藤 千尋
国際ジャーナリスト・元朝日新聞記者
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伊藤 千尋