地球大学「特別プログラム」でフィリピンの被災地を訪れました

プロジェクト:地球大学 寄港地エリア:アジア クルーズ: 第88回 地球一周の船旅
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地球大学「特別プログラム」でフィリピンの被災地を訪れました
第88回ピースボートで実施した地球大学「特別プログラム」(2015年8月19日~9月9日)では、フィリピンのセブ島を訪れ、2日間の体験活動を行いました。2013年11月の台風「ヨランダ」の被害がいちじるしかった北部のダンバンタヤン島を訪れ、被害者との交流や、自然災害における政府・地方自治体・NGOの取り組みから地域の防災と安全保障の関係を考えました。

2013年巨大台風「ヨランダ」

地球大学「特別プログラム」でフィリピンの被災地を訪れました改修された建物の中で行われた意見交換
エメラルドグリーンの美しい海と温暖な気候で多くの観光客を魅了するフィリピンのセブ島。しかしその一方で、フィリピンは台風の通り道としても知られ、自然災害により多くの被害を受ける国でもあります。

港からダンバンタヤン市まではバスで3時間半。車窓からは、フィリピンを象徴するような色とりどりの建物や、「トゥクトゥク」と呼ばれる三輪タクシーが目立ちます。その中には、屋根のない家や木材・衣類の寄せ集めで作った家の壁、今にも倒れそうな建物など、台風ヨランダの直撃から2年経過しているにも関わらず、その傷跡を鮮明に残していました。台風ヨランダによって、ダンバンタヤン市では、住民75,000人のうち9名が亡くなり、フィリピン全体では6,340名が犠牲になりました。

「私たちは台風ヨランダの規模を想定できていなかった」。そう話すのは、現地カウンターパートナーの「NGOオプションズ(OPTIONS)」で活動するエドワード・バルガスさん。1994年のオプションズ設立から活動に関わり、政府やNGOと協力しながら災害支援や福祉支援を行っています。

被害を受けた後、国内外から支援物資や救助が集まりました。しかし、支援の準備ができていたにもかかわらず、道路の瓦礫や通信基地局の倒壊によって、救援作業が遅れたと言います。脆弱なインフラ整備は、災害支援を遅らせるだけでなく、本来救える命を危険にさらすことになると改めて感じました。

復興への道

地球大学「特別プログラム」でフィリピンの被災地を訪れました支援物資の文房具は十分な数を用意して全員に行き渡るように渡しました
地球大学生たちが最初に訪問したダンバンタヤン市役所では、市の災害対策室長のリザル・ビマトリオさんが、当時の状況や今後の災害への取り組みについて話をしてくれました。彼によると、「(災害後)フィリピン政府は予算の5%を災害対策に割り当て、そのうち7割は防災に、そして3割が災害時の緊急対応資金として確保されている」と説明してくれました。

ダンバンタヤン市では台風ヨランダ以降、新たに災害対策室を設置し、復興から防災・減災に至るまで、積極的な役割を果たしていました。具体的には、緊急時に十分な食料をもって避難センターに集まる訓練を定期的に実施したり、学校でも災害教育を日頃の授業の中に盛り込むように指示しています。こうした政府や地方自治体の災害対策におけるイニシアチブは持続可能で災害に強い街づくりにとって必要不可欠です。

また、同市市長主導で行われている、災害が起こりやすい場所に住む人たちを、より安全な場所で定住できるようにするプロジェクトも進められていました。市役所訪問後、私たちは市役所から少し離れたところにあるガワド・カリンガの再移住地を訪れました。そこには、建設予定の135の家のうち60軒が新たに建てられ、また、建設費用を捻出するためにスポンサーとして企業が協力していました。

同行したビマトリオさんは、「ここに住む家族の多くはとても貧しい。だから水道や電気が整備された安全な場所に移れることは大きなステップアップになる」といいます。地球大学生たちは、こうした、災害対策における市の具体的なコミットメントに強い関心を持ちました。しかし、実際に、再移住地で暮らすのは17家族だけという現実に、疑問も残りました。

建築工事をずっと現場で見てきた景観設計家の男性は、「ダンバンタヤン市にある20の行政区のうち18区は海岸線に位置し、そこで暮らす人々の主な収入源が漁業に依存しているため、災害前の家から離れ、新しい家に移ることに足踏みする人たちもいる」と語ってくれました。こうした、経済的理由や自分の仕事のアイデンティーを変えることの難しさなど、復興の大変さを感じました。

深刻な貧困問題

地球大学「特別プログラム」でフィリピンの被災地を訪れました漁船を塗装する学生たち。住民にとっては生計の柱となる漁船の修理と維持が一番の課題
翌日2日目は、タリセイ区の海岸沿いにある400人規模の小さなコミュニティー(カンブハウイ」)を訪れ、現地の人たちから当時の様子を聞くことができました。「台風によって子供たちが一番影響を受けた」。そう話すのは、オプションズの現地ボランティア、シャーリン・サンチェスさん。

台風によって地元の学校が破壊されてしまったため、再開までに時間がかかり、長期間授業に参加できない生徒がいます。また、地元の漁師アーネル・ブリゴリさんは、「台風が去った次の日、カンブハウイにある家屋の78軒のうち残っていたのは5軒だけで、屋根もなくなってしまいました。私たちはお年寄りを家から家へと運ばなければならず、子供たちは心理的に大きな負担となりました。台風後、料理するために使う乾いた材木は一つもなく、ココナッツだけを食べて過ごしました。オプションズが薬や救援物資を届けるまでには10日かかり、再び漁業ができるようになるまでには1カ月もかかった」と語ってくれました。

地球大学生は、被害者たちと交流し、被害にあった家を視察することで台風の凄まじさを痛感しました。また、台風で荒廃した海岸の清掃や漁で使うボートの修理などを手伝いました。そして、救援物資として、文房具や洋服などを現地の代表者に手渡しました。

海外のNGOなどからの支援もあり、復興作業は少しずつ進んでいましたが、災害に脆弱な状況で暮らす人々をどう支援するのか、根本的な解決策を見つけなければなりません。その中でも貧困問題は深刻です。国の統計では、国全体の28 %近くの人が貧困ライン以下で生活しています。また、貧困層の人びとは災害が起きたとき、再び家を立てる資金や建築材料を持っていません。カンブハウイの8割の人は漁業で生計を立てていて、新しい漁網を買うだけでも月の収入額の4倍にもなります。

こうした経緯から、バルガスさんたちは、今後政府に対して災害に強い街づくりのためにさらなる財政支援を求めていくと話してくれました。

学んだこと

今回の地球大学特別プログラムは「アジア共通の『人間の安全保障』は可能か」というテーマが掲げられました。フィリピンの体験活動で地球大学生は、自然災害における政府や自治体、企業やNGOの取り組みから、災害支援の難しさや、防災・減災に向けた教育、インフラ整備、貧困対策などの大切さを改めて学びました。

持続可能な社会をつくり、人々が安全に暮らせるためには、あらゆるセクターが連帯して取り組むことが大切です。バルガスさんは次のように語りました。「災害に強い街づくりに向けてやることはまだまだたくさんある。ただ、災害に負けないフィリピン人のスピリットこそが災害に一番強い耐久性なのかもしれない」。

災害に強いアジアに向けて

第88回クルーズでは、UNISDR(国連国際防災戦略事務局)のアジア太平洋地域担当職員とともに、インドネシア、タイ、シンガポールからの青年たちが5名乗船し、横浜からシンガポールまでの区間で、災害に強いアジアに向けた人材育成プログラム「レジリエント・ユース」も行われました。洋上での取り組みのようすは以下のリンクからご覧いただけます。

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