戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015

プロジェクト:PEACE&GREEN BOAT 寄港地エリア:アジア クルーズ: 第8回 日韓クルーズ
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戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015被曝70年、長崎から未来へ向けたメッセージを掲げる参加者
第8回目となるピースボート日韓クルーズは、博多から出発し、韓国・釜山、ロシア・ウラジオストック、北海道・小樽、長崎、福岡を巡りました。今年は敗戦/解放70年の年に当たります。今回のクルーズでは東アジアのこれまでの歴史を振り返り、未来へ向けた話し合いを行いました。ここでは、各寄港地でのコースの紹介や船内の様子を紹介します。

今回のクルーズの報告書は最下部のリンクより読むことができます。なお、現在2016年8月の第9回日韓クルーズの参加者を募集しています。

釜山 韓国民主化運動の足跡を訪ねて

戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015抗争記念館エントランスで当時の民主化運動を描いた絵画に目を見張る参加者
朝鮮半島は1945年に日本による占領から解放されましたが、その後40年以上にわたり独裁的な政権が続きました。そして、このような状況が続く中、韓国の人々は民主化を求めて声を上げ続けました。今回寄港した釜山では、釜山民主公園内にある抗争記念館を訪れ、韓国の民主運動の歴史と市民の取り組みについて学びました。

同記念館のエントランスに入ると、韓国民主化の歴史の中で大きな分岐点と位置づけられている1960年の4月革命、1979年の釜馬民主抗争、1980年の5.18民主抗争、6月民主抗争に関する絵画が飾られています。また、館内には当時の高校生が行っていた演説の抜粋や牧師の説教など、幅広し人々が運動に参加していたことがわかる展示がありました。館内を案内してくださった同館教育文化チーム長のイ・ドンスンさんは韓国の民主化について、「韓国の民主化は植民地支配から続く100年抗争の一部です。今韓国は保守政権下にあり民主化の停滞期だと言えるかもしれませんが、私は韓国を民主化させた民衆の力を信じています」と語られました。

日本、そして韓国でも民主化という動きをどのように広げていくことができるのか。同館の展示内容は、これまで民主化のために声を上げてきた韓国の人々からの私たちに対する問いかけなのかもしれません。

ウラジオストック 韓国・日本・ロシアの子どもたちが大交流

戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015一緒にダンスを踊る日本、韓国、ロシアの子どもたち
このクルーズに参加していた日本、韓国の子どもたちがロシアの子どもたちと交流を行いました。このコースは、国が違う3カ国の子どもたちが一緒に遊ぶことを通して東北アジアの対立を乗り越える共同体意識を育てるプログラムです。

3カ国の子どもたちが集まったキャンプ場で、まずロシアの子どもたちによる伝統ダンスが披露した後、日本と韓国の子どもたちの手をとり、一緒にダンスを楽しみました。その後の交流会では、ロシアの子どもたちが用意してくれた小石に絵を描くコーナーやロシア風のミサンガを作るブースなど、多様なアクティビティを通して、交流を深めました。

参加した子どもたちからは「受け入れてくれたウラジオストックの子どもたちのフレンドリーさが印象に残っている」、「最初は戸惑いも感じたが様々なアクティビティを通して仲良くなることができた」「国籍や言語が異なるからといって特に違いは感じなかった」というような感想が聞こえてきました。

今回の経験を通して、子どもたちが大人になった時にこの地域の交流、対話の架け橋となることを願っています。

小樽 知られざる「北海道開拓史」をたどる

戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015強制労働に従事させられた人々の遺骨のあるお寺にて
日本の近代化に伴い、北海道ではたくさんの人々が開拓に携わりました。その中には、日本人やアイヌの人々に加え、朝鮮や中国から強制連行された人々もいました。このツアーでは、北海道開拓史で日が当てられることのなかった人々について学びました。

今回案内してくださったのは強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラムの共同代表であるチェ・ホンチョルさんです。当時、朝鮮半島から北海道に連れてこられたのは人々の数は145,000人に上り、239の事業所で強制労働に従事させられていたそうです。そして、この数字には「慰安婦」被害者は含まれていないということでした。このような実態がある中で、北海道には朝鮮人の強制労働に言及した碑は4カ所しかありません。それは、日本政府が韓国併合を正当なものとして見なしていたので、強制連行・強制労働の事実を認めておらず、正確な人数などを公表していないためです。

明治時代の産業革命遺産の世界遺産認定に伴い、朝鮮人や中国人に対する強制連行・強制労働問題がクローズアップされましたが、それ以外にも様々な強制連行が行われていたということを知ることとなりました。

博多 『脱原発』と『未来のエネルギー』を考える

戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015九州電力本社前で再稼働反対の声を船旅の参加者とともに上げる飯田哲也・環境エネルギー政策研究所所長(右)
核を燃料に発電を行う原子力発電は未来のエネルギーとうたわれましたが、福島第一原子力発電所の事故は人類だけでなく地球全体に深刻な影響を及ぼしています。このツアーでは、原発に頼らない持続可能な未来のあり方を日韓市民で考えました。

バスは港を出発し、鹿児島県にある川内原発の再稼働を翌日に控えた九州電力本社前に向かい、本社前で行われている市民の抗議集会に加わりました。抗議集会に参加した水先案内人の上原公子「脱原発をめざす首長会議」事務局長は、「原発周辺の住民の避難計画が不十分な中、住民の命を無視するような再稼働は容認できない」と声を上げました。

その後、佐賀県玄海町を訪問しました。地元で玄海原発へ反対活動を行う成富忠良さんは、「玄海町では総人口の1割に当たる約600人が玄海原発もしくは関連議場で働いている。町民は仕事との兼ね合いがあるため原発の危険性を認識しつつも声を上げることができず板挟みになっている」と現地の事情を話しました。

玄海原発から釜山までは直線でおよそ200キロメートル。釜山近郊には古里原発がありますが、35年以上運転しているこの原発は安全性上の問題が指摘されています。万が一、両都市にある原発で事故が発生した場合、その被害は海を越え日韓両国に及びます。これからの日本、韓国、地球を次の世代に残すため、私たちに何ができるのかを改めて考えさせられる機会となりました。

特別企画 被曝70年 長崎から未来へ

戦後70年目の日韓クルーズ、報告書ができました〜PEACE&GREEN BOAT2015被爆者歌う会「ひまわり」のみなさんによる合唱
原爆投下から70年後の8月9日、船は長崎に寄港しました。この企画では、被爆地の長崎から世界へと平和への願いを発信しました。

「交流することが平和へとつながり、小さな外交が平和への架け橋となります。子どもや孫の未来に平和を残せるような交流を続けていきましょう」という田上富久長崎市長の挨拶からイベントが始まります。第87回ピースボートのおりづるプロジェクトで行われた各国での被ばく証言活動の報告に続き、菅直人元総理大臣、韓国日報のイ・チョンス社長より挨拶が行われました。

次に、広島で被爆されたイ・コッチさんと米国在住の笹森恵子さんのお話があり、宇井孝司さん作の朗読劇「天使の羽根の降った街」が上演されました。韓国の国民的歌手チャン・サイクさんの歌唱に続き、歌を歌う方全員が被爆者である「ひまわり」の合唱でイベントはフィナーレを迎えました。

最後に登壇したピースボートの吉岡達也は、「持続可能な未来をつくるために核を廃絶するには国境を越えて考えることが大切で、相互理解の深まりが平和な社会の構築につながります。ともに一丸となって歩みましょう」と会を締めくくりました。

この船内イベントにおいて、PEACE&GREEN BOATを共催する日韓両団体より、「核も戦争もない持続可能な東アジアをめざす日韓市民共同宣言」を発表しました。集団的自衛権の容認や原発の再稼働など、歴史や隣国から学び、真摯に平和な未来をつくっていくために必要な具体案が盛り込まれた宣言をご覧ください。

核も戦争もない持続可能な東アジアをめざす日韓市民共同宣言

第8回日韓クルーズ報告書

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