第83回ピースボートが横浜港に帰港し、被爆者とユースが地球一周の旅の成果を発表しました

第83回ピースボートが横浜港に帰港し、被爆者とユースが地球一周の旅の成果を発表しました(出航を前にしたおりづるプロジェクトの参加メンバー)
第83回ピースボート「地球一周の船旅」が、104日間の船旅で 世界18ヶ国20寄港地をめぐり、6月24日に横浜港に帰港しました。
第83回ピースボートが横浜港に帰港し、被爆者とユースが地球一周の旅の成果を発表しました(ブルネイ初代首相のペンギラン・ユスフ氏)
帰国記者会見で中心になったのは、核兵器の非人道性を世界に訴える第7回目の「おりづるプロジェクト」です。今回のプロジェクトには、広島・長崎の被爆者8名と2名のユース非核特使が参加し、「被爆者とユースがつくる未来」をテーマに、共に地球一周を体験しながら、世界の人々と交流をしてきました。被爆者とユースは、外務省からそれぞれ「非核特使」「ユース非核特使」の委嘱を受けています。

船旅では、ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所を訪問し、ホロコースト生還者との交流を実施。南米のベネズエラではマドゥーロ大統領と面会して、国際社会の中で強いイニシアティブをとって核兵器廃絶の実現に努力して欲しいと訴えました。またアジア区間では、広島で被爆され、その後ブルネイの初代首相となったペンギラン・ユスフ氏と面会しました。(ベネズエラのマドゥロ大統領と面会)さらに南太平洋では、タヒチの核実験被害者との交流を行い、世界中にいる核被害者との協力が重要なことを実感しました。しかし出港後に、そのとき訪れた核被害者のための追悼碑が、仏領ポリネシア政府によって取り壊され、観光地として再開発されることになったというニュースを知らされ、一同はショックを受けます。それを受けて、碑の撤去に反対する現地の核実験被害者団体に賛同するため、撤去に反対する署名を船内や日本国内に呼びかけました。

今クルーズでは他にも、シンガポールとスリランカのアジア区間で、「福島子どもプロジェクト」を実施しました。東日本大震災と原発災害で被災した南相馬の中学生12名を招き、船内や寄港地での国際交流を体験しました。

また、中東からヨーロッパの区間では、インターナショナルスチューデント(IS)としてイスラエルとパレスチナから10名の若者が乗船。紛争をどのように平和的に解決するかについて話し合いました。紛争地から来た彼らにとっても、被爆者の方の証言を直接聞けたことは、平和への思いを強くする印象に残る出来事だったと語っていました。
第83回ピースボートが横浜港に帰港し、被爆者とユースが地球一周の旅の成果を発表しましたベネズエラのマドゥーロ大統領とおりづるプロジェクトのメンバ
以下に、記者会見に出席した被爆者とユースの方々とスタッフのコメントを紹介します。

吉岡達也(ピースボートスタッフ)
「広島長崎から70年という年を前にして、ベネズエラのマドゥロ大統領と出会い、核廃絶に向けて努力してくれることを直接私たちに約束してくれたというのは非常に大きな意義があったと思います。核廃絶への道のりはまだまだ遠いですが、広島・長崎の方の被爆体験を証言することは、世界を変え得る可能性があると改めて感じました」

三瀬清一朗さん(被爆者、長崎、79歳)
「放射能汚染は地球全体に広がっています。私たちは、被爆者が広島・長崎にとどまらず全世界に存在することを世界各地で訴えてきました。私たちの力はささやかなものですが、まいた種は必ず花開くと信じて、今後も証言をして行きたいと思います」

服部道子さん(被爆者、広島、85歳)
「私は、85歳で人生はじめてのパスポートを取得して、ピースボートに乗船しました。今回世界を回って証言をして、『原爆の実態がどうだったかというのがはじめてわかった』と言われたことに感激しました。一番印象的だったのは、、ベネズエラの大統領と握手をして、核廃絶に向けて努力をしてくれることを誓ってくれたことです」

計屋道夫さん(被爆者、長崎、77歳)
「乗船した被爆者の平均年齢は80歳です。まず、被爆者が高齢化している事実を知って欲しいと思います。また、こうした高齢者が3ヶ月間の旅に出るというのは、さまざまなリスクがあります。そのため、日本政府にはこうした活動に対してもう少しサポートをしてもらいたいと考えています」

中村元子さん(被爆者、広島、69歳)
「私は生後11ヶ月で被爆したため、体験を記憶していません。各地で証言をする中で、証言を伝えることの厳しさ、難しさを感じました。でも、あるとき船の若い人たちから『証言をしっかりと受け止めました』と言われたことに勇気をもらいました。今後も証言していくことを続けて行きたいと思っています」

李鐘根さん (被爆者、広島、84歳)
「私は在日韓国人二世です。16歳のとき、爆心地から1.8キロの地点で被爆し、全身にやけどを負いました。今回の旅は、アウシュビッツを訪問できるということで参加しました。ホロコーストの生存者をはじめ、世界の各地で戦争の被害者と出会い、もうこれ以上悲惨なことが起きないよう、心に誓って帰ってまいりました。タヒチの追悼の碑の撤去については、広島で言えば原爆ドームを撤去するような話なので、これは大変なことだと思っています」
第83回ピースボートが横浜港に帰港し、被爆者とユースが地球一周の旅の成果を発表しました(モンテネグロでの証言会にて)
坂下紀子さん(被爆者、広島、70歳)「今回、若い人たちと一緒に企画をさせていただいて、継承の形にはいろいろあるということを教わりました。私の母は昨年、94歳で亡くなりました。70年間ずっと苦しんできましたが、亡くなる直前に痴ほうになり、そのときだけ恐ろしい思いでを忘れることができました。船内では、若い人たちがその母と私の話を歌にして、みんなで謳ってくれたのです。嬉しくて、これからの若者に希望が見えた気がします」

杉野信子さん(被爆者、広島、70歳)「私は幼いときに被爆し、兄と姉も原爆で亡くなっています。その私の家族の話を若い人たちが自分たちの感覚で他の人に伝えてくれました。そうしたら私が証言するよりも上手で、私の話なのに涙がポロポロ出たんです。このような形で若い人が継承するというのはすごいことだと思いました。それから、これまでは広島の原爆のことだけを証言してきましたが、旅を通じて世界にたくさんの被爆者がいることがわかりました。今後は、世界の方の苦しみも必ず伝えたいと感じています」

坂田尚也さん(被爆者、広島、84歳)
「印象に残っているのは、ベネズエラの中学生に証言をしたときのことです。子どもたちには、『地球の反対側から来て、原爆の凄まじさを聞かせてもらって感謝しています』と喜んでくれました。世界に伝えるという意味でとても有意義な体験になりました。世界を航海するためには、平和がなくてはなりません。私は、戦時中に宮古島から広島まで、潜水艦の魚雷の恐怖にさらされながら移動した経験があります。そんなことを繰り返さないために、協調して平和を実現する以外にはありません。私たちは地球という同じ船に乗っているメンバーなのですから」

浜田あゆみさん(おりづるユース特使、高知出身、28歳)
「私は俳優として、演劇を通して被爆者の生の声を聞いてもらうという活動をやってきました。寄港地では、証言会で被爆者の証言を演じたり、ワークショップ形式にして現地の若者に原爆の詞を読んでもらったりしました。船内では原爆に興味のなかった若者たちから『遠い過去のことが身近に感じられた』というコメントをもらうなど、それなりに伝えることができたと思います。寄港地ではイースター島が印象的でした。たくさんの若者たちに集まってもらい、原爆についての詞を、イースター島の少女に読んでもらいました。彼女は本当に言葉を丁寧に読んで、みんなが聞き入ってくれました。今回、芸術を通じて被爆証言を伝えることができたので、この動きを今後も広げて行きたいと思います」

福岡奈織さん(おりづるユース特使、広島出身、21歳)
「この旅では、被爆者とユースが一緒に活動するできたと思っています。例えば、船内で『被爆者のおじいしゃんおばあちゃんの孫になろう』というプロジェクトを呼びかけて、人を集めました。『被爆者』ではなく『自分のおじいちゃん』は、というのを主語にして、孫たちが伝えて行くということが好評でした。こうした体験を通じて、被爆証言は、被爆者だけが語り継ぐものではないと実感しています。また、若い人たちが聞きたいと思うような形で企画をしたら、ものすごく反応があり、手応えを感じました。やはり、自分たち若い人が発信する側になるということが大事だと感じました」


次回、第8回「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」は、2015年4月に出航する、第87回ピースボート「地球一周の船旅」で実施される予定です。

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